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『読書という荒野』

『読書という荒野』
見城 徹
幻冬舎、2018/6/6、¥1,512(有隣堂亀戸)

今まで見城が書いてきたことの焼き直しだが、「読書」という観点からまとめ直したもの。見城にとって読書が人生にとって抜き差しならない営みであったことは伝わった。ただ、読書は極く個人的な営みだから、彼にとって大事な本でも自分には共感できないものがあるのは当然だろう。例えば「深夜特急」は彼にとっては非常に大事な本だが、自分はそこまで共感しなかったし、何が面白いのかよくわからなかった。また見城の三島由紀夫への傾倒は、時代が違うこともあるし、自衛隊で自決することの愚かしさしか感じないので共感できない。そうしたことを理解した上でメタ的な視点に立って読めば、本書は読書がいかに人生を豊かにするかを体感できる一冊。

●旅の本質とは「自分の貨幣と言語が通用しない場所に行く」という点にある。貨幣と言語は、これまでの自分が築き上げてきたものに他ならない。それが通じない場所に行くということは、全てが「外部」の環境にさらされることを意味する。
 そうした環境では自己愛は成立し得ず、裸形の自分がさらけ出される。必然的に自分と向き合わざるを得ない。つまり自己検証、自己嫌悪、自己否定を余儀なくされるのだ。だから僕は、旅ほど人生を改変することに作用するものはないと思う。旅の意味合いをこれほど鮮やかに描いた本は他にはなく、僕は沢木文学の最高傑作だと考えている。(p.172)

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