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『死ぬ前に後悔しない読書術』

『死ぬ前に後悔しない読書術』
適菜 収
KKベストセラーズ、2016/3/26、¥1,404(amazon)

先輩のT氏紹介により購入。本を読んでいない人間、情報を取得するためだけに本を読む人間を「とりかえしのつかない人間」と定義し、そうならないためにどう本を読むべきかを問うた本。

ということなのだが、著者の主張を一言で言えば、「古典を読め。ゲーテを読め」というメッセージに尽きると思う。我々一人一人の価値判断など大したことはなく、時代の淘汰を経て生き残った古典こそを読み、それを自分の思想の指針として生かせ、ということを様々に回りくどい言い方で手を替え品を替え主張している。ただ、著者の引用する哲学者は19世紀のものが多く、20世紀半ば以降の思想についてはほとんど見当たらない。著者は「一流の著者の主張に添え」と主張するわけだが、ロランバルトによれば、すでに作者は死に、読者が誕生しているわけで、そこにある書物をどのように読むかは読者に委ねられている。その意味で言えば、著者の主張に若干の古さを感じる点もあった。

また、古典を読むことそれ自体に異論はないが、様々な哲学者や社会学者などからの引用を多用し、「だから〜なのだ」という著者の論法は若干乱暴で、説明不足なことは否めない。特に著者の本を読みなれない読者(自分を含め)多分に混乱するだろう。また、多種多様な視点を持て、というのが本書の主張のはずなのに、例えば唐突に「安倍首相は一方的に自分の正義を唱え、反論には聞く耳を持たない。凡庸であることに深く満足している。こうしたバカは右にも左にもいます。こう言う人とは話がかみ合わない。しかし、議論は勝ち負けではありません。議論は合意を目指し、利害を調整するために行われる。共通の了解、前提、目的を置かなければ、議論自体が成り立たない。要するに子供の喧嘩を大人がやっているわけです」(pp.40-41)と、断定的に述べる。安倍首相が一方的か、凡庸に満足しているか、共通理解を目指さないか、ということはそれ自体検証が必要なはずだが、その手続きを完全に飛ばしている。このような論法が随所に見られ、もともと著者と思想を共有していない読者は論の展開についていくことが難しいだろう。

結論として、「読書術」として読むのは難しく、著者の思想にもともと親しんだ人が読むと楽しいだろう本ということができる。これこそ著者自身のいう「とりかえしのつかない読書」になりはしないか、と問うのは皮肉だろうか。

▲『ゲーテとの対話』は人類の必読書です。
 私だけではなく、ありとあらゆる人が、『ゲーテとの対話』を薦めています。森鴎外、芥川龍之介、太宰治、三島由紀夫、水木しげる、トーマスマンも愛読した。
[略] ゲーテを読めば、人間の精神の病は治ります。(pp.138-139)

▲偉大な人間が全生涯と財産をかけて獲得したものが、岩波文庫三冊で手に入るわけです。しかも、一冊1000円もしない。図書館なら無料で借りることができる。そう考えたら、それを読まないのは頭がおかしいとしか言いようがありません。(p.142)

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