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『瑠璃の契り―旗師・冬狐堂』

『瑠璃の契り―旗師・冬狐堂』
北森 鴻
文春文庫、2008/1/10、¥596(amazon500)

冬狐堂シリーズの短編第二弾。本作では、骨董を主題にした謎解きはあるものの、もう少し人間に重点を置いた作品集という趣。

1.倣雛心中(ならいびなしんじゅう):網膜剥離の恐れのある飛蚊症と診断された陶子のもとに、何度売っても戻ってくる和装女性の人形が持ち込まれる。人形を見る角度で表情が変わることが原因であることを突き止めた陶子は、対になる人形があるのではないかと考える。

2.苦い狐:学生時代に夭折した同級生の画集が復刻されて陶子の元に届く。送り主が誰かを探るうち、なぜ復刻されたかの謎が明らかになる。

3.瑠璃の契り:出張先の小倉で瑠璃硝子の切り子碗を見つけた陶子。それを友人のカメラマン硝子に見せると顔色が変わる。切り子碗の謎を追ううち、作者が三個だけ製作して後二度と切り子碗を作らなかったことがわかる。実は硝子は彼に思いを寄せていた。

4.黒髪のクピド:硝子の元主人Dが失踪する。彼を追う陶子の前に現れたのは黒髪の生き人形だった。明治時代の日本にはないと言われていたビスクドールだと判明した人形は、実は作者が仕えていた富豪の夭折した一人娘だった。実は彼女が殺され、富豪の家が現在の当主に乗っ取られたのではないかと推測するが、Dを陥れた一味の二人が殺される。

どれもとても面白く、一息に読んだ。特に「苦い狐」での学生時代に自分の才能の限界を同級生に思い知らされた陶子の心の揺れは、とても胸に迫る。また、その最後の場面で、実は同級生が病院で描いた黒の中にぽつんと浮かぶ赤い光が、陶子が浜辺で自分の絵を燃やした火の色であったことを明らかにする場面は出色。

●漆黒の闇に浮かぶ四つの炎が、深苗[みな]の想像力を刺激することを願った。闇にきらめくさざ波で線を想起し、炎が点にイメージされますように。独特の匂いを放ちながら焼けこげてゆく燃焼物を見ながら、陶子は深苗のことを思い、そして二十代のいっときを賭けたものへの決別を告げた。
 燃焼物。
 卒業に必要な一点をのぞいた、すべてのカンバスが燃えてゆく。未来の大作と信じて疑わなかった油絵の数々が、ただの灰になってゆく様を、深苗は見つめ続ける。
 その炎の色が、タクシーの中で今しも眠りに就こうとする深苗の瞼の裏に、はっきりとよみがえった。(p.98)

☆読者に瞼の裏にもはっきりと映るような描写がすばらしい。


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