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『通貨燃ゆ』

『通貨燃ゆ』
谷口 智彦
日経ビジネス人文庫、2010/5/6、¥800(L)

第二次安倍内閣で首相のスピーチライターを務める著者による通貨の政治経済学。通貨は単に経済的側面によって理解されるものではなく、政治的に、時には戦争における武器として国家間の威信をかけた闘いの最前線となる。そのような視点から、ニクソンショックによる金兌換停止、人民元体制、第二次世界大戦時の日米通貨戦争、英国から米国への基軸通貨移行を決定づけたブレトンウッズ体制でのケインズの敗北などを詳細に分析する。特に、基軸通貨とは純経済学的にボトムアップで決定されるのではなく、極めて政治的にトップダウンで決定される、という主張や、第二次大戦において、経済的には英国も日本と同じように米国に対して敗戦国だった、という議論は説得力があり面白かった。

大変興味深い力作で、このような戦略的視点を持つ側近を得た安倍首相は幸運というしかない。

●「通貨とは権力現象である。権力なきところ、通貨は通貨たりえない」(p.5)

●(Eric Helleiner and Jonathan Kirshner, ed., The Future of the Dollar, Cornell Univ. Puress, 2009)で、編者の一人ヘライナーがドルの先行きを見る三つの立場として挙げるうちの一つが「地政学的見地」である。米国の覇権がこの先どうなるかに関心を払う立場であって、筆者のそれに近い。( 他の二つの立場とは「マーケット・ベース」、すなわち市場内在的に見ようとするものと、「インストゥルメンタル」、つまりドルとの間に打ち立てた制度の強靭・脆弱を見ようとする立場)。これが英国政治経済学界へいくと、故スーザン・ストレンジの学統を継ぐ人々の間に、むしろ米国以上により強く残っている。(pp.5-6)

☆米国と英国では立場が違う。

▲参考文献:『カジノ資本主義・国際金融恐慌の政治経済学』(岩波書店、1998)スーザン・ストレンジ。(p.28)

☆フーコー的権力概念としての「構造的権力」を通貨に援用した学者。

▲輸出競争力こそは日本経済にとって死活的に重要だという固定観念によって、ニクソンショックによる円切り上げの可能性を見ようともせず、思考自体を放棄していた。様々な情報によって予測が可能だったにもかかわらず。そしてそれは1990年代バブル清算の時にも顕著で、オストリッチ症候群を起こしていたとしか言えない。(p.48)
●ここには日本が抱える弱みが見て取れる。一つには情報に対する感度それ自体の鈍さであり、また常に最悪事態を想定して用意を怠らないようにしようとする戦略的発想の欠如であって、今日にまでつながる問題であろう。(p.49)

☆原発事故も同様。日本人の宿痾。

●[ニクソンショックの例やその他の事例でも] 米国はどこかで必ず制作の方向性を明らかにする国である。大統領府は沈黙していても、議会がある。ワシントンに数多く存在するシンクタンクの報告書は、政権の意向とまったく無縁の、研究のための研究から生まれるものではない。公開情報を丹念に読んでいけば、政権の動き、狙いに当たりをつけることは決して不可能でない。今日われわれがその努力を十分行っているか、改めて反省してみてもいいだろう。(p.54)

●[香港は] 米国に対し信任の、中国にはいまだに留保の、一票を投じていると考えられる。北京には、いつかは終止符を打たねばならない話であろう。[略] 香港がこの制度[ドルを準備通貨とするカレンシーボード制] を廃止するとしたらそれこそは、米中勢力関係の転換を暗示するわけである。(p.123)

●通貨が身にまとう政治性は、戦争状態に置いて最も典型的に表れる。通貨はそれ自体が戦争遂行手段とされ、しばしば砲弾以上の破壊力を秘めた武器に転用される。(p.126)

▲朝鮮戦争開始直後、北朝鮮は韓国の通貨である旧朝鮮銀行券の印刷原版を奪った。紙幣発行によるインフレと経済破壊を防ぐため、無能力の韓国政府に代わりに本の大蔵省印刷局が新韓国銀行券を印刷した。これは事柄の性質からして戦争への参画行為に等しい。(pp.131-132)
●ここで確認しておきたいのは、紙幣は時に砲弾の力をはるかにしのぎ、最も重要な戦略兵器にさえなりうるという事実である。ただし、その「兵器」の製造を旧宗主国に仰ぐほかなかった歴史の皮肉を知る人は、今日の韓国には皆無である。(pp.132-133)

●ブレトン・ウッズ会議に関して今なお真に驚くべきことは、事前の準備が米国において、「真珠湾」とほぼ同時に始まっていた一事である。当時の日本人には想像を絶する事実であっただろう。(p.149)

☆今の日本人にとっても同様。米国がTPPのどこまで先まで見通しているかまったく想像できない。

●ケインズはいわば落日の大英帝国が喫した「マネー敗戦」の前線指揮官であり、「敗軍の将」だった。米国の覇権と正面から激突死、粉砕された一点において、英国と日本の当時の位相は実のところ、かなりの程度重なり合っているのである。(p.151)

●下院に提出された [英国への] 武器貸与法の法律番号は、わざわざ選んで「1776」号としている。言うまでもなくアメリカ合衆国独立・建国の年号だ。かつての宗主国を助けてやる法律に、こういう番号を与え面当てをやりたがるところが米国にはたしかにある。[略] 戦艦ミズーリの投錨地が、ペリー提督が黒船のために選んだ場所と同じだったと記したのを思い出される読者もあるだろう。(p.154)

▲ドルが基軸通貨となった過程に関する限り、「自然的」にではなく会議の結果生まれた条文によってde jureに、すなわち初めから確固たる法源に裏打ちされて、基軸通貨ドルは誕生したのである。米国が第二次世界大戦に託した少なくとも一つの目的は、これを権力的に実現するところにあり、ブレトンウッズがその舞台となった。(p.164)

●結論を言うならばユーロとは、ドイツとフランスを永遠に縛り付ける制度である。(p.212)

▲ドルが世界の基軸通貨であり続けた理由の一班は、少なからず石油との排他的・独占的交換性に負っている。それなら今ドル体制への挑戦者が狙いを定めるのも、まさしくこの点となることに不思議はない。今問われつつあるのは、「石油・ドル本位制」の余命である。(p.216)

▲旧版刊行以来の五年、筆者が学んだことは二つある。
 一つは、当座の流行に目をとらわれ、大きな底流を見失ってはならないこと。米国と、その友邦をなす海洋民主主義諸国家との同盟・準同盟関係を維持強化することのほか、日本の国益を保全できない。米国の知識人・専門家・ジャーナリストと同じだけの視野、経験、知識をもち、世論形成力を持つ知的集団は米国外に存在しない。また、米国は世界の一隅において起きる出来事を、自分と関係あるものととらえる認識力、すなわち主体意識を持っている。見失ってはならない底流とは、この米国の情報収集・認識力であり、それにもとづいてこそあり得る秩序構想力である。(pp.278-279)

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