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『チャイナ・ギャップ』

『チャイナ・ギャップ 噛み合わない日中の歯車』
遠藤誉
朝日新聞出版、2013/2/28、¥1,785(丸善日本橋)

チャイナシリーズ第三弾。尖閣問題の発端と、カイロ密談から中国側の矛盾を明らかにする。『チャイナナイン』『チャイナジャッジ』の前二作に比べ、資料発掘とその解説という面が強く、物語性はそれほどないが、著者の執念を感じる良作。

1943年カイロにおいて行われた米ルーズベルト大統領と、中華民国蒋介石主席の会談において、蒋介石が尖閣諸島を含む沖縄諸島の領有権を放棄していることを明らかにし、その施政権を継承した中華人民共和国においてもすでに尖閣諸島の領有権はないことを、アメリカの公文書から解明していく。大変緻密な議論で、おそらく論理的には中国側はもはや領有権の主張はできないだろう。

他の中国関連書の著者にはない、実体験に裏打ちされた中国人の思考パターンをしっかりと明らかにしているところなど、説得力のある良書。

●まず最も決定的な事実は1943年における「中華民国」の主席・蒋介石と、アメリカのルーズベルト大統領の間で交わされた「機密会談」である。まさに密室における「決定的な会話の記録」を、なんと『中国共産党新聞網』と『新華網』が暴露しているのを見つけた。暴露した日付は2008年1月16日。[略]
>1943年11月23日よる、エジプトのカイロで、蒋介石とルーズベルトがひそかに会ったときに、ルーズベルトが蒋介石に「琉球群島を中華民国に上げるよ」といったのに、蒋介石は拒否してしまった。2日後の25日夜に、ルーズベルトは再び「米中で共に日本に出兵し日本を占領しようではないか」と持ちかけるが、蒋介石は再び断ってしまう。しかし蒋介石は拒否したことを後にひどく公開した。(pp.10-11)

●アメリカ国務省の公文書館の奥の奥に、きちんと「カイロ密談」に近い「カイロ宣言に至るまでの議事録」のようなものが残っているではないか!そこには『中国共産党新聞網』と『新華網』にある内容とほぼ同じ記録が会ったのである。[略] これは私たちに何を教えてくれるのか。それは、
「中国(中華民国)は中国共産党を倒すことを優先して、自ら沖縄の領有権を放棄した」と結論づけていいことを示しているのである。(p.14)

☆しっかりとした証拠に基づく議論。

●あの [1971年の忍者外交の] ときキッシンジャーは周恩来に、「日米安保条約は日本の暴走を押さえるために存在している」と囁いている。そして「アメリカ軍が日本から引き揚げてしまったら、日本はまた軍国主義国家として暴走する危険性がある」という趣旨のことを言っている。(pp.20-21)

☆アメリカの一面の本音。

●反日デモで、なぜ「中国の若者が、あそこまで暴力的になれるのか」と、恐ろしく思うと同時に、不思議にさえ思った日本人は多いと思うが、共産党の性格そのものの中に、最初から「暴力」があったことを、認識した方がいい。もちろん改革開放によってそれらは否定されたが、しかし「革命の血」の中にたぎる、「暴力的要素」は、あの大地の底にまでしみ込んでいる。(p.35)

☆共産党の本質。

●[キッシンジャーと周恩来の会談の] 内容がアメリカで公開されたのは2001年になってからのこと。[略] それによれば、キッシンジャーは終始に本に対して厳しい見方をしており、「日米安保条約は日本の暴走を抑えるために存在している」という趣旨のことを周恩来に何度も述べている。「日本が経済大国として発展していけば、必ず"軍事大国"としての野望を果たそうと無謀な夢を抱き始めるだろう」とアメリカの二歩に対する警戒感を吐露しているのである。(p.40)
●日本が完全にアメリカの傘の下で守られていると信じて日米安保条約のために膨大な経費を注いで在日米軍基地を重要視していたとき、なんとアメリカは中国と裏で手を握って、日本を危険視し、「在日米軍は日本が再び再軍備へと暴走しないように抑え込むために置いてあるのだ」と、キッシンジャーは周恩来に言ったことになる。日米安保条約とは、「真珠湾攻撃をしてアメリカに多大な損害を与えた暴れ者、日本を再び暴れださないようにするためのものだ」と言ったに等しい。
 だからこそ周恩来は、日中国交正常化にあたって「日米安保条約」に言及しなかったのだろう。それを破棄せよとは要求せず、破棄を要求したのは日本が「中華民国」との間で交わした終戦協定に相当する「日華平和条約」だけだったのだ。このキッシンジャーの日本観は中国に深く根を下ろし、今もなお米中関係を濃密にしていることを見逃してはならない。(p.43)

☆アメリカと中国の本音。

●[『周恩来・キッシンジャー機密会談』を読むと] キッシンジャーが周恩来との密談で、「日本は戦略のない国」と酷評したことは、頭の片隅にでも置いておいていただきたい。
 日中国交正常化に関しても、日本はこのとき長期的世界戦略やグランドデザインがあって動いたのではない。背後でご苦労なさった方は別として、田中角栄の「勢い」で「よっしゃ!」とばかりに動いた要素が大きい。(p.44)

☆よく言われる日本人の欠点。

●ソ連が崩壊した瞬間に、中国は態度を180度転換させた。そのため時系列表の1991年と1992年の間の線だけは太くしてある。ここにターニングポイントがあるからだ。[略] 中国が領有権に関する主張を「日本」に対して展開し始めたのは「1992年」である。ソ連が崩壊した翌年だ。ソ連さえいなくなれば、日本との関係はそれほど重要ではなくなる。もう怖いものはない。だから1992年に領海法を成立させた。72年や78年の時のような「棚上げ」も、もう必要ない。日中国交正常化の時の中国の外交戦略であった「韜光養晦」は、この時点で捨てたのである。(p.117)

☆中国は一貫した戦略に基づいた外交を展開している。日本はそれにどう対抗するのか?

●現在の中国の若者たちの反日デモにおける暴挙は、荒(すさ)ぶる大地の中に根を下ろした、この「退路を断たれた農民が、より凶暴でなければ自らが血祭りに上げられる」という恐怖から来ていると考えるとわかりやすい。いつでも「より強暴であればあるほど、糾弾が激しければ激しいほど、革命的である」と英雄視される土壌からきている。私はこれを「大地のトラウマ」と名付けて、これまで何度も論じてきた。(pp.193-194)
●日本のチャイナ・ウォッチャーは反日デモがあると、すぐに「ガス抜き」という言葉でこの現象を安直に片付ける、あるいは「共産党の基盤が弱くなったので、反日に目を向けさせて関心をそらしている」という訳知り顔の発言をする人が多い。私はこの二つの言葉とも嫌いだ。そんな言葉を使っている限り、中国の招待は絶対に見抜けないと、実に失望する。このような説明はただ単に日本人を一時的に安心させ納得したような気持ちにさせるだけだ。
 いまの中国政府が恐れているのは、実は半日デモであり反日暴動である。なぜならそこには「人民の声」が潜んでいるからだ。いかなるデモでも最終的には必ず矛先を政府に向けてくる。反政府ベクトルを持つ運動を政府が「やらせ」るだろうか。それを見抜かないと中国の実態も弱点も見えてこない。(p.196)

☆中国人の本質。

●[中国に残留した] 天皇のために闘っていた「皇軍」が、あっさりとその思想を捨て、天皇を「テンチャン」と呼べるかどうかで「革命度」を測るようになった。それを拒否した私の父は、この浅ましい日本人たちの激しい攻撃を受けた。革命度が高くないと今度は自分自身が標的にされるのを避けるためとはいえ、日本人はこういう環境に放っておくと、節操もなく変心することを私は身をもって体験している。(pp.343-344)

☆日本人の一面の本質。

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