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『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』

『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』
門田隆将
PHP研究所、2012/11/24、¥1,785(丸善日本橋)

表題通り、東日本大震災時福一所長だった吉田を中心に、事故処理にあたった所員らの動きを追ったノンフィクション。事故の是非については色々意見はあろうが、吉田所長に人望があり、事故当時彼らが命を賭けたことで最悪の事態をなんとか回避したということは評価するべきだろう。

本書はまた、「現場は優秀トップは無能」という常々指摘される日本人の特性を余すことなく表したケーススタディとも言え、他山の石とすべき事例でもある。

●吉田は、こう語る。
「海水注入なんて、誰でもすぐできると思っているかもしれませんが、そんなことはないんですよ。それを簡単にできるかのようにおっしゃる方もいますが、そういう話を聞くと、憤りを感じますね。現場が、どんな気持ちで水を見つけ、そして進路を確保してやっているのか、そういうことをまったくわからないまま、想像もしないまま、話していますからね。頭で考えるよりも、時間はいくらでもかかるわけです」(p.101)

●海江田大臣と小森常務の[ベントについての]記者会見について、池田 [副大臣・現地対策本部長] はこう語る。
「東電は安全性を確保するために規制当局の判断を仰ぎながら、少し(圧力を)出す、ということでしたが、やはり、ここに東電の経営姿勢が凝縮して現れていたわけです。規制当局の判断に従って、少し出すんだ、ということですからね。これは、やはり私が言うように東電が責任を持ってやるべきことでしょう。しかし、東電というのは、そういう会社なんですよ。当事者なのに当事者意識が薄いと言っていい。それをそのままにして、政府が先に出すぎたように見えましたね」(pp.109-110)

●池田自身が現地に到着し、オフサイトセンターが立ち上がってから、まだ何時間も経っていない。そんな段階に総理がやってくるとは、どういうことなのか。[略]
「最初の72時間は最大限、救出活動に全力を挙げるというのが世界の常識です。それなのに、総理が原発にやってくるということがわかりませんでした」(pp.131-132)

●本店に [総理視察用装備の余裕が] ないのならば、「工夫しろ」「探せばどこかにあるだろう」という頭が吉田にはある。必死で事態に対応している緊急時対策本部としては、"総理ご一行様"を迎えるために現場の作業に必要なものまで割くわけにはいかなかったのである。(p.138)

●ヘリが着陸して、さあ降りようとした班目は、ここでむっとすることがあった。
「まず総理だけが降りますから、すぐには降りないでください」
 一行は、すぐにはヘリから降りることを許されなかったのだ。管首相が現地に視察に来たことを「撮影」するためだった。原発の危急存亡の闘いのさなかに、「まず撮影を」という神経に班目は驚いたのである。(p.144)

●このとき、管のすぐ近くにいた池田はこう語る。
「現場で作業を終えて帰ってきて(検査を受けるべく)待っている作業員の前で、"なんで俺がここに来たと思っているんだ!"って怒鳴ったんです。一国の総理が、作業をやっている人たちにねぎらいの言葉ではなく、そういう言葉を発したわけでね。これは、まずい、と思いました」(p.150)

●吉田は、現場のトップとして、次々と新たな手だてを打たなければならなかった。六基の原子炉を抱える福島第一原発の所長として、それぞれを制御している責任者である。
 だが、本店とテレビ会議でやり合っている途中、あるいは、現場で部下たちに指示を与えているさなかに、官邸からの電話が入ってきたのである。しかも、それが、
「官邸がもう、グジグジ言ってんだよ!」
というレベルのお粗末な話である。なんで"素人"の理不尽な要求が直接、現場の最前線で闘っている自分のところに飛んでくるのか。吉田は、そのことが腹立たしくてならなかった。(pp.220-221)

●班目は、東電をこう批判する。
「私、言っておきますけど、政治家には多分に同情的なんです。だって、専門的なことは政治家にはわからないんですからね。私は官邸にずっと閉じ込められていますから、官邸側と同じような心理状態なんです。それに対して、東京電力や保安院なんかについては、ものすごい不信感を持ってます。当時、官邸は東京電力をまったく信用していない。なに言ってるんだ、東京電力は、という思いになっていたのはよくわかりますよ」(p.261)

●現場の人間の旨に次の言葉が突き刺さった。
「撤退したら、東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ!」
 逃げる?誰に対して言っているんだ。いったい誰が逃げるというのか。この管の言葉から、福島第一原発の緊対室の空気が変わった。
(なに言ってんだ、こいつ)
 これまで生と死を賭けてプラントと格闘してきた人間は、言うまでもなく吉田とともに最後まで現場に残ることを心に決めている。その面々に、「逃げてみたって逃げ切れないぞ!」と一国の総理が言い放ったのである。(p.263)

●およそ六百人が退避して、免震重要棟に残ったのは「六十九人」だった。海外メディアによって、のちに"フクシマ・フィフティ"と呼ばれた彼らは、そんな過酷な環境の中で、目の前にある「やらなければならないこと」に黙々と立ち向かった。(p.278)

●日本だけは、「テロの対象」になり得ない、あるいは、日本では原発がミサイル攻撃を受けるはずがない、という幼児的とも言える楽観思考は、原子力行政にあたる指導者として、あるいは実際の原子力事業にあたるトップとして「失格」であると私は思う。(p.370)

●私は、事故以来、巻き起こった反原発運動の凄まじいエネルギーを「当然」と思う反面、火力発電などで起こる地球温暖化などの環境問題について指摘する声が急になくなったことも、恐ろしいと思っている。
「極端」に流れるのではなく、代替のエネルギーができ上がるまで、資源小国の日本がなんとか成り立つ方策は何か、国民全体で冷静に知恵を絞らなければならないと思う。(p.372)

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