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『デジタルネイティブの時代』

『デジタルネイティブの時代』
木村忠正
平凡社新書、2012/11/17、¥840

デジタル通信メディアを軽々と使う若者たちは、どんなコミュニケーションをしているのか? について、様々な調査をもとに推論を重ねる。

論文のような内容なので、さらっとは読めない。その割りに、あまり内容があるようにも見えない。デジタルネイティブといっても、ポケベル世代からPC・ブログ世代まで細かく見ると四世代に分けられ、それぞれにコミュニケーションの作法が違う、と言う内容なのだが、そこまで細かく見る必要があるか、と言う点に疑問を感じた。学会論文を書くためにわざと細かく分けました、という印象。

学術論文ならこれでよいだろうが、二時間程度で読めるのが新書のよいところであるので、もう少し新書向きに書き直せば読みやすくなっただろうと残念な一冊。そもそも新書というのは、ワンフレーズで「この本はこれを言いたい」とはっきり提示できるように書くものだと思うので、そういう意味では本書はその試みはよしとしても、新書の読者をターゲットとしている限りにおいて成功しているとは言い難い。

●ここで、「コミュニティ」「ソサエティ」「コネクション」というのは、人々がつながり、集団が形成される際の原理である。まず、コミュニティだが、これは、集団の成員同士が互いに顔見知り(「クリーク」)になり、情緒的親密さを含んだ長期継続的、安定的関係を形成するつながり原理である。伝統的な村落共同体や従来の終身雇用における「家族的経営」の企業組織などを念頭に置けばわかりやすい。
 ついで、ソサエティとは、近代社会、産業社会の進展に伴う都市化した空間におけるつながり原理を指す。近代化は、個人を村落共同体から引きはがし、都市的空間に再び埋め込んだ。その際、人々は、パブリックとプライベートを切り分け、ファミリア・ストレンジャー、他人が大多数を占めるパブリックな社会的環境においては、自律的、合理的個人として振る舞うことで社会的秩序を形成することを選択した。「友人・知人」に関しては、伝統的社会において重視される出自や血縁、地縁に囚われず、個人=市民として互いに関係を結び、尊重する。[略]
 それに対して、「コネクション」は、いわゆる「ポストモダン」的主体と関係性を示す。[略] 高度に個化が進展した消費社会の主体であるポストモダン的主体は、継続的で安定的関係を期待することが難しく、個々人の多面性、微妙な差異に鋭敏に配慮しながら、コミュニケーションを行い、互いにつながることで効用を得る必要がある。本書は、こうしたポストモダン的主体が他者や資源と取り結ぶつながりのあり方を、「コネクション」と呼ぶことにしたい。(pp.199-204)

☆この三種のコミュニケーションのあり方が、mixi、facebook、twitterに対応していると著者は説く。それ自体は面白い視点だと思うが、それをことさら難しく述べているところが学者らしい。

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