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『昭和史発掘〈1〉』

『昭和史発掘〈1〉』
松本清張
文春文庫、2005/3/10、¥870(BO¥450)

表題の通り、昭和史を著者の調査と視点で再構成したノンフィクション。有名な事件が収録されていないため、今ひとつ当時の世界に入り込めなかったが、戦前から日本はなにかあるとよく人が死ぬ国だ、ということはわかった。

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『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011』

『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011』
村上春樹
文春文庫、2012/9/4、¥840

表題の通り、村上春樹のインタビュー集。あまりインタビューがないというわりには、まとめるとそれなりの量になるので、通して読むと村上が何を考えてきたか、ということが大体わかるようになっている。

彼は取材を重ねて書くというより、自分の心の闇に深く沈んで、その闇を小説として表現する小説家といえる。彼の表現そのものはアメリカ小説風のどちらかというとさらっとした印象だが、読み進めるうちに、どろっとした中身が流れ出てきて、読者に深く考えることを要求する気がする。

村上は、その闇に耐えるために自らの身を律して規則正しく生活し、健康を守ることに偏執的なまでのこだわりをみせる。そのあたりが本書を読むことで理解できる。

個人的には、ショーンウィルシーによる、p.378からの章「小説家にとって必要なものは個別の意見ではなく、その意見がしっかり拠って立つことのできる、個人的作話システムなのです」がよかった。

●物語というのは直線的に動く。それに合わせて僕自身も直線的に動くんだけど、両者の間の相関関係というのは、それでもねじれにねじれて、立体的なスリー・ディメンションで動くわけ。それを言葉で説明したり、論理でとらえるのは不可能で、僕が批評に対して不信感を持つのも、批評は小説を論理的、直線的にとらえようとするものだから。でも、僕が考えている物語の進み方は非論理的であり非直線的なものだから、そこにはどうしてもギャップが生じることになってしまう。例えば、[『スプートニクの恋人』の] 「すみれ」はどこに消えたのか、あるいは本当に戻ってきたのかと聞かれても、僕にはそのねじれの連続性の中でしか考えられないんです。(p.55)

☆論理的でないところに村上の小説の魅力があるといえる。

● [あちらとこちらというのは] 一種の物語論とは言えるかもしれない。フィクションの中のフィクションという感じがするところはありますね。ただ、『ノルウェイの森』でも、向こう側の世界とこちら側の世界があったでしょう。向こう側の世界は京都の山奥にある精神病の施設で、「僕」がいる東京の世界がこちら側の世界。そういう二つの世界の相関関係というのは、僕にとってはすごい大きなテーマで、多かれ少なかれ、どの本にも出てくるんです。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』も典型的にそうだし、『ねじまき鳥クロニクル』もそう。『スプートニクの恋人』は小さい本だけに、それがいつもより明確に出てしまったのかもしれない。(p.59)

☆村上の小説のテーマを語った部分。

● そのあいだに探していたものが意味を失ってしまい、目的に到達することがたいして重要ではなくなってしまう。物語は、しかしネガティブなわけではありません。というのも物語の真の意味は、探そうとするプロセス、つまり探究の運動のうちにあるんですから。主人公は、はじめとは別人になっています。重要なのはそのことなんです。(p.163)

☆村上の小説でしばしば謎が解かれないまま終わることの一つの説明。

●何度読み返したところで、わからないところ、説明のつかないところって必ず残ると思うんです。物語というのはもともとがそういうもの、というか、僕の考える物語というのはそういうものだから。だって何もかもが筋が通って、説明がつくのなら、そんなのわざわざ物語にする必要なんてないんです。ステートメントとして書いておけばいい。物語というのは、物語というかたちをとってしか語ることのできないものを語るための、代替のきかないヴィークルなんです。極端な言い方をすれば、ブラックボックスのパラフレーズにすぎないんです。(pp.326-327)

☆結論を出すことが目的ではないことの表明。

●小説家の役割はひとつひとつの [社会的] 意見を表明することよりはむしろ、それらの意見を生み出す個人的な基盤や環境のあり方を、少しでも正確に(フランツ・カフカが奇妙な処刑機械を異様なばかりに細密に描写したように)描写することではないか、というのが僕の考え方です。極端な言い方をするなら、小説家にとって必要なものは個別の意見ではなく、その意見がしっかり拠って立つことのできる、個人的作話システムなのです。(p.384)

☆小説を社会的事象を説明するためのレトリックとして描くための基盤をしっかりと打ち立てることが小説家の仕事である、と言明している。安易に社会的な事象にたいして意見をのべ、小説ではたいしたことが書けないというのはいかがなものか、ということではないだろうか。

●身体の動きが鈍くなると頭の回転もやはり鈍くなってきます。僕が言うのは、小説家的な頭の動きということですが。もちろん贅肉がついていても良い小説を書く人はいっぱいいますよ。僕が意味するのはもっと長期的なことです。長い歳月にわたってアクティブな小説家であり続けるには、ということです。身体の動きと頭の動きって直結して入るんですよね。若いときは上半身だけを使ってものを書けるけど、ある時点から足腰が大事になります。上半身だけではうまく書けなくなってくるんです。そして足腰を強くしておくためには、贅肉はつけられない。とは言っても、ある年代を過ぎると、贅肉は当然についてきます。毎日走っていてもだんだん絞りきれなくなります。僕も、昔に比べるとだいたい三キロ近く増えたかなあ。(pp.468-469)

☆小説を書くことだけでなく、あらゆることに当てはまること。身体を健康に保つことの重要性。

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『続・森崎書店の日々』

『続・森崎書店の日々』
八木沢里志
小学館文庫、2011/12/6、¥540

タイトル通り、『森崎書店の日々』の続編。失恋から立ち直った貴子は、森崎書店の近くの喫茶店すぼうるで知り合った和田さんと付き合うようになり、森崎書店をやめてデザイン事務所で働いている。
仕事が休みの日に書店を手伝ったり、和田さんに昔の彼女が接近したり、といった日々のなか、サトル叔父の妻である桃子さんに異変が起こる。

相変わらずライトなタッチで、古書についての蘊蓄はあまりない。本書では古書仕入れについても若干触れられるが、それほどていねいに触れられてはいない。

本書は桃子さんが中心の話で、病気の話ではあるが重くなりすぎていないところはよい。さらっと読むにはちょうどよい。


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『森崎書店の日々』

『森崎書店の日々』
八木沢里志
小学館文庫、2010/9/7、¥500

付き合っていたつもりの彼氏に、他の女性と結婚するといきなり言われて最悪の気分のときに、ながらく連絡をとっていなかった叔父のサトルから自分の古書店を手伝わないか、と電話が入る。流されるままに神保町の森崎書店に住み込みで手伝いをすることになり、次第に心が癒されていく、という話。
本書には題名の『森崎書店の日々』とその後日談である、サトル叔父の出て行った妻の桃子さんが帰ってくる『桃子さんの帰還』が収録されている。

書店や本を題材にした小説だとつい買ってしまうが、本書はそこまで「本」というものにこだわりがある小説ではないように感じた。たまたま神保町の古書店を舞台にしただけで、別にそれが「渋谷の喧噪を一歩離れて奥まった静かな場所にたたずむ喫茶店」でもよいような話だと思った。たとえば、古書店を舞台にしているわりに、古書の仕入れ・販売・古書関係の人間関係などは希薄で、特に買取を描いた場面が全く出てこないので、古書店という設定に説得力がない。

そのため、「古書店」という舞台に必然性がないという点でビブリア古書堂には及ばない。が、失恋から立ち直る若い女性の物語、や出て行った妻が戻ってきて夫との関係を再構築する、という話としては大変面白く読めた。

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映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

12/11/19
映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
TOHOシネマズ錦糸町
総監督:庵野秀明
監督:摩砂雪 、 前田真宏 、 鶴巻和哉
出演:緒方恵美、林原めぐみ、宮村優子

「破」の評判がよかったためか、館内は満員。カヲルくん目当てか、女性客もかなり多かった。

特撮短編『巨神兵東京に現わる』が本編の前に上映される。スタジオジブリでしかも宮崎駿が巨神兵になっているところがポイント。火の七日間を東京で再現した特撮だが、ウルトラマンっぽいので、今の若者にはうけないんじゃないだろうか。

本編は、もはや何が何だかわからない。破から一転して破滅した世界を描き、その落差に追いつけないまま終わってしまう。シンジと同じ気持ちに観客をするための演出だろうが、一回ではたぶん何が起こったか全くわからない。

なんとなくカヲルくんを羽入視点においたひぐらしに似ている気もするが、よくわからない。ただ、ここまでは、レイ・アスカ・マリの位置づけを変奏として、カヲルくん消滅・シンジ鬱という旧劇の展開を比較的忠実に繰り返しているようには見える。

次回予告が「エヴァンゲリオン:II」で、ヱがエに戻り、「:II」という曲頭から繰り返しを意味する音楽記号がついている。また繰り返すのか?そろそろ結末をつけてくれないとこちらの身がもたない。というか声優がもたないだろう。ただ、HP上では「:Final」となっていて、次回で終了になる予定は変わっていないので、Qで広げきった話をどのように回収するのか(できるのか)、次作を気長に待ちたい。

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西川善文 講演「ラストバンカーが語るリーダーシップ」

12/011/13
演題:「ラストバンカーが語るリーダーシップ」
講師:西川善文
主催:夕学五十講

元三井住友銀行頭取で日本郵政の社長を務めた講師の講演。
著書の『ラストバンカー』が面白く、また、リーダーシップについてということだったので、受講。

リーダーシップについては、あまり細かいことでなく一般論を語っていた。その後、住友財閥・住友銀行の歴史について講義。たぶん、三井住友銀行の若手社員が聞くとちょうどよい内容だと思った。
講演は短めで、質疑の時間が長かった。が、現役を離れてしばらく経っているとのことで、あまり深い話は出なかった。

会場に向かうエレベーターで一緒になったが、テレビなどで拝見していたより小柄な人だった。

「この人の話を聞いた」という事実に価値のあった講演。

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『シェレンベルガー&カメラータ・ザルツブルク with 小菅 優』

日時:2012/11/02 18:30-21:00
題名:Meet the Mozart!
   シェレンベルガー&カメラータ・ザルツブルク
   with 小菅 優
   モーツァルト《後期ピアノ協奏曲&交響曲全曲》第1日
場所:すみだトリフォニーホール 招待(twitter抽選で当選¥7,000相当)
出演:ハンスイェルク・シェレンベルガー[指揮]
   小菅 優[ピアノ]
   カメラータ・ザルツブルク[管弦楽]
曲目:モーツァルト/歌劇《イドメネオ》K.366 序曲、
          ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467、
          ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K.488、
          交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」
          歌劇《フィガロの結婚》K.492 序曲 [アンコール]

たまたまトリフォニーホールからのメール案内で、twitterでフォローして一言つぶやいた人から10人ご招待、の文字に釣られたところ、当選したので行ってみた。

結果、とてもよくて、無料では申し訳なかった。指揮者とピアニストは共演に慣れているらしく、大変息の合った演奏で、大変幸せな気分になれた。

自分は2列目の席だったが、休憩後最前列に金髪ジーパンの少女が座って、コンサートマスターの女性バイオリンに手を振っていた。多分親子だろうが、子どもの時分からこんな音楽を聞く環境にいたら、どんな大人になるのだろうと、少しうらやましく、また、興味深かった。

20121102triphony

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