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『阿片王―満州の夜と霧』

『阿片王―満州の夜と霧』
佐野眞一
新潮文庫、2008/7/29、¥870(BO¥450)

第二次世界大戦前、昭和初期に満州建国前後、中国で軍資金・宣撫工作資金調達のため阿片を一手に取り仕切った里見甫。その謎につつまれた生涯を、資料やインタビューを通じて明らかにしていく。

『甘粕正彦 乱心の曠野』の姉妹編ともいうべき本。甘粕が満州で人生を終わったのに対し、里見はA級戦犯になりながら戦後も生きながらえる。事情を知る人たちが高齢で時間との勝負の中、闇に隠れていた里見の人生をここまで明らかにしたのは、力作と言える。

本妻が2人、愛人が6人(?)、その他にも女がどれくらいいるかわからないという乱脈な女性関係は、現在ではなかなかわからないけれど、戦争前後の昭和期にはいろいろそのようなことがあったのではないか、と思う。いずれにしてもすごいな、としか言えない。

「日中戦争は20世紀の阿片戦争」と喝破したことや、満州建国が戦後高度経済成長のモデルケースとなっていた、という佐野の主張は、戦争の一面を的確に言い当てていて、目を開かされた。

●世界史的にも類をみない戦後の高度経済成長は、失われた満州を日本国内に取り戻す壮大な実験ではなかったか。そんな思いが私をきつくとらえていた。戦後高度成長の象徴である夢の超特急も合理的な集合住宅もアジア初の水洗式便所も、すべて満州ですでに実験済みだった。(p.12)

☆自分にとって斬新で的確な指摘。

●中国の秘密結社の青幣、紅幣は元々、塩の支配を狙ってつくられてシンジケート組織だった。塩は人間が生きていく上で絶対不可欠の物質である。塩の消費量がわかれば、その国の人口はおよそ把握できる。(p.40)

☆塩の消費量で人口が推測できるというのは一つの経済指標として参考になる。

●[里見の秘書の]梅村[淳] がかつて済んでいた雪ノ下界隈を歩いてみた。梅村が十一年住んだ地番にはテナントが建ち、観光客相手の漬物屋や土産物屋が入居していた。色とりどりの飲食店が軒を連ねるこのあたり一帯は「小町通り」と呼ばれ、鎌倉駅から至近距離にある。(pp.84-85)

☆諸行無常。

●「人は組織をつくるが、組織は人をつくらない」
 里見は晩年、秘書役の伊達によく、そう言ったという。(pp.225-226)

☆至言。

●阿片で得た資金を里見が私することは絶対になかった。里見は物欲という全然なく、「おちかさん」という中年の女中一人を通いで雇い、ピアスアパート二階の小さな部屋一室を家としていた。来るものは拒まず、去る者は追わずの態度は一貫し、金をせびりに来るものには湯水のようにくれてやっていた。(p.241)

☆桁外れの金を持った人間の気持ちに思いをいたす。自分だったらどうするか。

●[東京国際裁判における宣誓供述書における] 里見の証言でもう一つ注目すべきなのは、蒙古産アヘンの取扱量の多さである。その量はペルシャ産アヘンの実に二千五百倍にも達している。kろえは、第二次世界大戦の勃発でヨーロッパに火の手があがり、ペルシャ産アヘンの輸入が思うようにいかなくなったことを意味している。
 この大量のアヘン取扱量からみても、日中戦争は二十世紀の「アヘン戦争」だったことがよくわかる。(p.330)

☆斬新な視点。塚本青史の『仲達』で、三国志時代の歴史をアヘンという視点を導入して読み替えているが、本書からヒントを得たのかもしれない。

●高名な歴史学者のE・H・カーは、歴史はと問われて、次のように答えている。
「それは現代の光を過去にあて、過去の光で現代を見ることだ」(あとがき、p.555)

☆歴史を(歴史小説ではなく歴史を)見るときに心に留めるべき言葉。

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