« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »

『政府は必ず嘘をつく アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること』

『政府は必ず嘘をつく アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること』
堤未果
角川SSC新書、2012/2/25、¥819(TSUTAYA東大島)

『貧困大国アメリカ』の著者による本。現在世界の各地で起きている出来事が、「コーポラティズム」というキーワードで一つに繋がることを、原発報道・中東革命・TPP等いくつかの事例を通して明らかにしていく。

自分たち一人一人の意思決定にしろ、ディベートにしろ、メディアによる報道に依存している以上、その情報に偏りがあればそれを嘘と見抜くのはとても難しい。堤は、さまざまな取材を通して、政府や多国籍企業などによる情報統制の実態を明らかにし、どのように真実を見極めるかについて方法を提示する。また、「コーポラティズム」の代理人であるIMFの力から逃れた例としてアルゼンチンを挙げ、状況が必ずしも絶望的ではないことも示唆する。

インタビューや取材した先の信憑性に疑問をいだかせるものも若干あるが、全体としては非常に説得力のある本。特に、リビアについて西側報道とは現地の実態が全く違っていたことや、カダフィがなぜ殺されたかなど、西側報道だけでは決してわからないことについての描写には驚かされた。

●紛争解決教育の研究者であるポール・キベルは、<民主主義>は大資本にとって都合の良いスローガンの一つだという。
「現代資本主義の下では、民主主義という幻想が広まっていなければならない。既存の社会秩序を脅かさない限り、反対派や抗議を体制の一貫として受け入れることが、グローバル資本にとって利益になるからだ。反対派を弾圧するのではなく、逆に抗議運動を方向付けし、操作し、反対派にとっての限界を巧妙に設定するのだ」(p.104)

☆ウォールストリート抗議運動の資金源は実は大資本で、踊らされていただけという事実。「広告都市世界」とか「リアルトゥルーマンショー」みたいなものか。

●元外務官僚で『日米同盟の正体』の著者でもある孫崎享氏は、<アラブの春>の背後にいたアメリカの存在についてこう語る。
「日本の報道を見ているだけでは決して分かりませんが、市民運動という形で他国の政権を転覆させる手法は、すでに米国の外交政策の一つとして過去何度も使われています。今回は、それにSNSという新技術が加わったから目立ったに過ぎません」(p.109)

☆<アラブの春>について、一部では言われていたことではあるが、専門家の発言で出ると説得力がある。

●仕掛けているのは誰なのか。何のための<民主化>なのか、体制転覆後に利益を得ているのは誰なのか。2002年にベネズエラで起きた反政府クーデターは、後にアメリカ政府高官の関与が明らかにされている。クーデターの中心人物は、米陸軍で訓練を受けていた。
 だが、このクーデターを失敗させたのは一般市民の抗議デモだ。「民主化」「市民運動」という言葉のイメージに騙されず、背景や利害関係を見て判断しなければならない。「民主化」を掲げる反政府運動は、わかりやすい<正義vs悪>のイメージに踊らされず、まずは市民団体は運動家の資金元をチェックするべきだろう。[元陸軍情報諜報舞台のメンバーでありジャーナリストのウェスリー・] ターブリー氏が指摘するように、息もつかせぬショーのような報道がテレビから消えた時にこそ、その実態が表れてくる。(pp.112-113)

☆誰のための「民主化」かを見極めることの重要性。

●2011年7月、リビアのトリポリにある「緑の広場」では、大勢のリビア国民が集まり、NATOの爆撃に抗議した。その数、およそ170万人。トリポリの人口の約95%、全リビア国民の約3分の1だ。(p.117)
 私たちが日本国内で得る情報の大半は、西側の大手メディアやアルジャジーラなどの報道がベースになっている。だが、<コーポラティズム>がメディア支配を強める21世紀、大手マスコミの報道を鵜呑みにすれば、大きなリスクが伴うだろう。だからこそ、ニュースは常に、現場の声や企業の息のかかっていない独立ジャーナリストの報告と比較することが重要になる。(p.118)

☆既存マスコミの情報によって考えを組み立てる限り、真実にたどりつくことができないことを言っている。大変重要な指摘。

●ではなぜリビアは標的になったのか。[略]
「リビアは144トンもの金を保有していました。カダフィはその金を原資に、ドルやユーロに対抗するアフリカとアラブの統一通貨・ディナの発行を計画していたのです。そこにはIMFや世界銀行の介入から自由になる<アフリカ通貨基金>と<アフリカ中央銀行>の創設も含まれていました。」(p.122)

☆独自共通通貨や石油決済通貨をドルから変えようとするとアメリカに狙われる、というのはイラクの時にも言われたことで、一定の説得量はあるが、144トンで通貨発行ができるかどうかは疑問。アメリカで9000トン、日本でも800トンは持っている。

●オハイオ在住の臨床心理士であり、著作家のブルース・レビン博士は、テレビそのものが持つ、人間をおとなしくさせる作用について指摘する。
「見ている番組の内容にかかわらず、テレビを見るという単純な行為自体が、強力に人を沈静化する効果を持つのです。民間刑務所では、看守を増やすより受刑者に有線テレビを提供した方が、彼らを静かにさせておくのにコストパフォーマンスがいいという報告が出ている。権威主義的、独裁主義的社会にとって、テレビはまさに夢が実体化したものなのです」[略]
「テレビを視聴しているとき、人間の脳波は動きが鈍くなり、ある種の催眠状態になります。冷静、客観的にものを考えることが難しくなる。その結果、人々は無意識に分断されていくのです」(p.143)

☆テレビを見ると馬鹿になる、ということの根拠。

●「どうしても腑に落ちないニュースがあったら、カネの流れをチェックしろ」
 私の大学院の恩師であるブドロー教授の言葉だ。(p.162)

☆金は嘘をつかない。

●孫崎享は、点のニュースに騙されないために最も大事なことは、歴史をしっかりと見ることだという。
「人間がやることには、それほどバリエーションはありません。過去に目を向け、それまでの経緯を時系列で理解すれば、原因と結果が見えてくる。そして、世界を広い範囲でとらえることも大切です。日米関係だけでなく、アジアや中東、アフリカや南米といった複数の関係性をつなげてゆく。特に外交に関しては、決まったいくつかのパターンがあるものですから」(p.196)

☆歴史は繰り返す。本書ではTPPに似たシステムが繰り返し構築されようとしてきた経緯について触れている。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

『コミュニケーションは、要らない』

『コミュニケーションは、要らない』
押井守
幻冬舎新書、2012/3/30、¥798(TSUTAYA東大島)

押井監督による震災後の日本について、「コミュニケーション」と謳ってはいるが、内容はむしろ現在の日本に対して「異議を申し立て」(p.11)た本。言い換えると、「そういう話ではないのだ」(p.11)けれども、どういう話かはっきり言うことはできなくて、でも何か言いたいので書きますが、だからといって、この本に書いたことが必ずしも的確に私の言いたいことというわけではない、といった内容。

本質に戻れよ、という一人語りを延々とやった感じ。『攻殻機動隊』のバトウみたいな。たとえば原発については、なぜ最初に作ったのかというところまで戻って考えないとまたうやむやになってみんな忘れるよ、とか。現代日本文化論として読もうと思えば読める。それぞれの項目で一冊本が書けそうな内容を、色々詰め込んで書き散らしているので、消化できない。いい本だとは思うけど。

●周囲を幸せにするためになら、男はいくらでも嘘をつくべきだと僕は思う。ただし、大切なのは、嘘をつく限りは墓まで持って行く義務があるということだ。(p.52)

☆後段に書いてあるが、そんな甲斐性のある男が、現代日本に果たしているだろうか。言っていることはその通りなのだけれど。

●ヨーロッパやアメリカの先進国の政治家達はみんなエドワード・ギボンが記した『ローマ帝国衰亡史』
を読んでいる。
 なぜなら、ローマ帝国の衰退という前例に常に強烈な危機感をもっているからだ。(p.63)

☆「みんな」とは本当に「みんな」だろうかという疑問は残るが、この姿勢は見習いたい。

●共同体とか共同性を優先せざるを得なかった日本の文化的風土では、言葉というものはロジックとして使われず、その場しのぎの思いつきとして使われてきた。
 とりあえず口当たりの良いことを言って、その場をしのぐ。それは根本的解決にならないだろうとツッコむ者がいたなら、それは疎まれる存在となる。
 そうした歴史が積み重なる中で、言語に対する特殊な対応の仕方が生まれたのだ。(p.72)

☆言葉の多義性のため明確に定義せず延々と使う、みなまで言うなという日本人の美学がここから生まれた、と続く。確かにその通りかもしれないが、少しずつは「言葉を言葉として使う」曖昧さを排除した言葉も使われるようになっているのではないか。

●では、なぜ日本人の言語能力は明治期を境に低下したのだろうか?
 まず、第一の原因は、漢語教育を縮小してしまったからだ。日本人にとっての漢語とは、欧米人におけるラテン語であり、ギリシャ語だ。古典言語とは、言葉のルーツであり、ロジックそのものだ。その構造を意識し、読み下していくということ自体がロジックを組み立てる訓練になる。(p.79)
 さらにもうひとつ、日本人の論理的思考の成熟を阻害していったものがある。言文一致運動だ。[略] 簡単に言えば日本語という言語が「ロジック」という骨組みを捨て、「表現としての言葉」に流れていったのである。(p.80)

☆古典言語の重要性については同意。が、西欧言語だって、「何も(内容のあることを)言わないために、とにかく話す」というテクニックはあるのだから、現代日本語だけが非論理的とは言えまい。

●本来、文章を書きたいという欲求は極めて特殊な情熱だったはずであり、それは本になって初めて、客観的に存在することができるものだったのだ。だから僕は、本になっていないものは信用しない。
 本を読むときにはマーカーが必須だ。文庫本を一冊読むのに、ペン一冊をつかいきることもある。ほんの半分以上をマーカーで塗りつぶすこともある。受験勉強をしていた頃より、はるかに必死に本を読んでいる。(pp.82-83)

☆一回読みで読み切る感じか。

●知識をいくら詰め込んでも知識人になるだけで、知識人でも大馬鹿はいくらでもいる。教養人にバカはいない。バカにならないことをもって教養人と呼ぶ。それは、言い換えるなら「まっとうな価値観を持つ」ということだ。どんな知識や情報を得ようともそのことによって振り回されたりしないーーそれが価値観を持つということである。(p.85)
 誰もが知的なものに触れたいという欲求は持っていて、どこかに教養の欠落を感じてもいる。けれども、それを獲得するために多大な労力を費やしたくない。簡単にお手軽に、だれでも分かる方法で「情報としての知識」を獲得したいのだ。これでは、いつまでたっても「教養」を身につけることはできない。(p.86)

☆大変よくわかる。

●僕は最近ではもはや古典しか読まなくなってしまったが、その理由は、最初から「言葉の普遍性」が保証されているからだ。目先の情報を得ることより、古典の中にある言葉を再発見することの方が自分にとって意味があると思うからだ。
 本を読むということは、この世にいない人間とつきあう方法のひとつである。
 時代を超えて、そのように言葉を連鎖させることこそが、言語を共有することであり、文化なのだ。(p.92)

☆一人の人間が本当に作り出せる言葉などワンセンテンスくらいで、後は先人の引用を引用として伝えることが重要、という主張の後の文。大変ポストモダン的な考え方で、「作者の死」のフレームワークで読むと理解できるのではないか。

●今の日本では、戦争のことを妄想するだけで非難の対象となる。[略]
しかし、平和というテーマやコミュニケーションという題材を考えるとき、戦争という問題を避けて通ることができるはずがない。なぜなら、人間がその歴史の中で行ってきた最大のコミュニケーションとは戦争だからだ。(pp.120-121)

☆同意。第二次大戦中鬼畜米英といって相手の情報を遮断して負けたのと同様、戦争について語ることを忌避して戦争とは何かを知らなければ、戦争を防ぐこともできないだろう。

●リアリズムというのは様式のことだ。ほんとっぽい嘘なのか、嘘と明かしている嘘なのかという違いだ。(p.138)
 虚構の世界において、大江健三郎よりも山田正紀のほうが作家としてはるかに凄い仕事をした、僕はそう断言できる。現実に、今回の震災において、日本の作家や文化人と呼ばれる人間達は何ができたか。あいかわらず、自分たちには何かできるのではないかと思い上がった自問を垂れ流していただけだ。この非常時に文化人に何ができるかなどという問いかけは、もう50年も前に聞いたセリフだ。だったら、この50年は何をしていたんだと問いたい。(p140)

☆ゲームやフィクションをそのものとして追求してプレイした者、見た者にとっての実在としてこそ、映画や小説の意味がある、という主張。「フィクションによってしか描けないリアルがある」を言い換えたもの。小説家がオピニオンリーダーだった時代もあったから、完全否定するのはどうかと思うが、小説家が連名で声明を出したりするのが時代遅れという点で、押井の主張に同意。

●自分の知性の枠組みの中でしかものを考えられないというのは、本当にひどいことだと思う。それなら、僕にはドラクエ好きの少年の方がまだ信じられる。「動物化」という言葉があるが、現実にしか価値を求められないで目先の事象に反応して生きているだけどいうこの状態は、人間としても国家としても終末形態だ。(p.140)

☆怒っていることはわかるし、坂本龍一のような「文化人」が動物的反応として「反原発運動」して得意になっているのにはへきえきとするけれど、人間が動物であることを認識した上でどうするかを考えることこそが重要なのではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学』

『Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学』
ケン・シーガル、林 信行 (監修)、高橋 則明 (翻訳)
NHK出版、2012/5/23、¥1,680(Amazon)

スティーブ・ジョブスと"Think Different"を展開し、iMacを命名したクリエイティブ・ディレクターの著者による、アップルの企業哲学を語った本。

ジョブスが物事をシンプルに考え、それを徹底したことがアップルの成功を生んだということは本書を読めば疑いがない。しかし、幾多の大企業がシンプルの哲学を実行しようとして失敗してきたことを例示して、「シンプルはつまみぐいできない」「企業全体の問題として取り組まなければならない」という根本思想を主張している。結局、スティーブ・ジョブスのいたアップルだからできたことで、ティム・クックのアップルがどこまでその哲学を維持できるかはかなり疑わしいと思った。

本書に挙げられていた、ジョブスによる"The Crazy Ones"をyoutubeで見て、企業理念を一言で示し、しかもそれを見た者が等しく心を動かされるような芸当ができるのは、彼だけだったろうという考えを強くした。

▲容赦なく伝える:
率直さはシンプルであり、あいまいな言い方は複雑だ。(p.27)

☆難しいが、だからこそ真理。

●「充分によいでは、不充分だ」
 スティーブからすれば、その文句は全く手ぬるい。彼の基準では、妥協する余地はまったくないのだ。人を不快にさせたり、陰で悪口を言われたりすることがあっても、もっとよくできることがわかっているときは、これでいいかと自分を納得させてはならない。けっしてだ。次善の策で手を打てば、シンプルさのルールを破り、のちに失望や、多くの仕事や多くの会議を招くことになる。(p.30)

☆難しいが、だからこそ真理。

●[シンプルさの最重要ルールの一つは] 有能な少人数のグループで始め、その規模を守ることだ。(p.46)

☆難しいが、全く同意。

▲少人数の法則:
 プロジェクトの成果の質は、そこにかかわる人間の多さに反比例する。
 プロジェクトの成果の質は、最終的な意思決定者がかかわる程度に比例する(p.56)

☆至言。人数が増えると純度が下がるのは実感としてわかる。

●焦点を合わせるということは、その対象に対してイエスという意味だと人々は考える。だが、それだけではない。そこにあるほかの100のよいアイデアにノーということも意味するのだ。選ぶのは慎重にしなければならない。私は自分がしてきたことと同じくらい、してこなかったことに誇りを持っている。イノベーションは1000もの物事にノーということなのだ。(ジョブス、p.77)

☆「ノー」といえる自分に、果たしてなれるか。

▲ミニマルに徹する:
 人はいつでも、明確に述べられたひとつのアイデアに対してより反応する。複雑さが話し始めると、チャンネルを変えてしまうのだ。(p.103)
 疑わしきときは、ミニマル化せよ。(p.105)

☆難しいが、真理。

▲動かし続ける:
 偉大なことを成し遂げるには、ふたつのことが必要だ。計画と、充分ではない時間だ。(バーンスタイン、p.110)
 アップルではさらにふたつの要素が加わる。
 1. 現実的な高い目標を設定すること
 2. 動くのをやめないこと(p.111)

☆この企業風土を作るのは経営者の意思しかないだろう。

▲イメージを利用する:(→"Think Different"キャンペーン)
 [ジョブスは] 投資を選んだ。それも製品ラインアップを再建するのではなく、企業イメージを再建するために。アップルを救おうというスティーブの情熱に影響されて、シャイアットもすぐに彼の計画に夢中になった。そのとき必要だったのは、現実的になるようりも、できると信じることだった。私たちは有名なスティーブ・ジョブスの現実歪曲フィールドを最前列で見学することができた。(p.130)
 人が誰を尊敬しているかによって、その人のことがわかる。それがこのキャンペーンの哲学だ。アップルにひらめきを与えてくれた人物をたたえることで、アップルは「Think Different」の言葉以外には何も使わないでも、自分たちがどんな会社かを世界に告げられるのだ。何種類もの広告をつくるのではなく、アップルにとってのヒーローたちに賛辞を送るポスターだけを作ることにした。(p.134)

☆このキャンペーンからすべてが始まったと言える。そして今に至っても有効なメッセージとして生きている。

●シンプルさは明確な戦略とそれに続く一貫したメッセージを求める。(p.238)

☆一貫性の重要性。

▲不可能を疑う:
 誰かがビジネスにおいてアイデアを考えついたときに、この言葉[ノー]は実に頻繁に耳にする。何かが出来ない理由はいつでも1000はあるが、クリエイティブな思考を使って回避できないものはそのうちの数個にすぎない。だから同僚や取引先がノーと言ったときに、あなたは額面通りに受け取らない方がいい。かなりの場合でそれは、非常な努力が必要か、いつものやり方と違うか、とてもコストがかかる、といった意味に過ぎない。(p.257)

☆つい妥協してしまうが、ノーというのは本当に難しい。

●あなたも否定的な答えに遭ったときには精査するとよい。その「ノー」はたんにあなたの要求が高すぎると言うことを言っているだけかも知れない。しかし、そう要求することが、普通以上の結果を得るためには必要なのだ。ルールは破られるためにある。誰かに楽をさせてもいいが、それによって台無しになるのはあなたのアイデアなのだ。(pp.260-261)

☆経験があるだけに、何も言えない。

●ところが、アップルにとっては「ただの箱」ではないのだ。アップルは、顧客の体験すべてが一貫して極上のものであることに、信じられないほど気を配っている。そして、顧客が箱を開ける瞬間はその体験の重要な一部なのだ。(p.264)

☆"Myth of Excellence"で挙げられた"Experience"を最重要視しているということ。

●アップルのデザイナーは、ベンダーが「できません」と言ったときには、それは特別な努力なしではできないという意味だと知っている。うまみのある取引が部屋から出て行こうとしているのを見たときに、人は驚くほどのことを成し遂げられるものだ(p.266)

☆できないことはないということ。

●他人の意見によって、自分の内なる声を溺れさせてはならない。何よりも大切なのは、自分の気持ちや直感に従って行動する勇気を持つことです。(ジョブス、Stanford、p.267)

☆それができれば苦労はしないが、できないと言ってはおしまい。

▲戦いを挑む:
 シンプルさは人をひとつのことに集中させる。逆も真なりで、ひとつのことに集中するとシンプルになりやすくなる。アップルはインテルに戦争をしかけたことで、効果的に消費者の関心をひとつのことに向けさせた。それは、PCの代替品としてMacを真剣に考えることだ。(p.276)
 アップルは長年の間に、的を持つことの楽しさを見いだしてきた。そして、うまくやれば、とても儲かることを。(p.279)

☆一点集中。

●しかしながら、あなたにできる最大限のことで通常は充分なのだ。自分のアイデアを前進させるときに、チャンスはすべて使わなければならない。つまり、やりすぎてもいいということだ。自制することなく、武器庫にあるもっとも破壊力がありそうな武器だけを使うことが、自分のアイデアの生存確立を高くする。これは戦争だと考え(事実、そのとおりなのだ)、軍司令官の優雅さを持ち、圧倒的な兵力を使ってアイデアを推進しよう。(p.283)

☆そこまでの情熱を傾けたことがあるかどうか自省する。

●ある問題を解決しようとして、最初に考え出した解決策がとても複雑だったとしよう。ほとんどの人はそこで考えるのをやめてしまう。だが、そこでやめずに考え続けて、タマネギの皮をむくように、ムダなものをそぎ落としていくと、とても洗練されたシンプルな解決策にたどり着くことがよくある。(ジョブス、Newsweek、p.288)

☆シンプルなアイデアになるまで考え続けろ、ということ。

●企業はその歴史において成功と失敗を経験するので、スティーブは<ブランド銀行>という概念を強く信じていた。
 企業ブランドは銀行の預金口座のように動くと彼は考えた。企業がヒット商品を出したり、すばらしいキャンペーンを展開したりして成功を収めれば、ブランド銀行に預金をすることになる。反対に、使いにくいマウスや高すぎるコンピュータで失敗をすれば、預金は引き出される。ブランド銀行の預金額が多いときには、企業が苦況に経たされても顧客は一緒に乗り切ろうとするが、貯金が少なくなれば、見捨てて逃げ出しやすくなるのだ。(pp.294-295)

☆「企業の信用」を大事にするということ。

●非常時には非常手段が必要とされる。あなたのアイデアが生死の境にあるのならば、それはまぎれもなく非常時だ。戦場の兵士と同じで、的の弾丸に一発でも遣られたら終わりだ。あなたが先に当てなければならない。最大限の努力をしよう。あなたのアイデアの命運がかかっているときに、もっともやってはいけないことはフェアな戦いをすることだ。すべての武器を使おう。可能ならbあ、自分の有利な立場を利用してもいい。そして、忘れてはならないのは、自分のアイデアに対するあなたの情熱がもっとも強力な武器になりうることだ。(p.302)

☆情熱を持て。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『読書の技法 誰でも本物の知識が身につく熟読術・速読術「超」入門』

『読書の技法 誰でも本物の知識が身につく熟読術・速読術「超」入門』
佐藤優
東洋経済新報社、2012/8/9、¥1,575(丸善日本橋)

書店平積みで目立っていたので購入。

佐藤の読書法は『獄中記』で触れられている通り3回読みが基本。本書はそれをより詳しく説明して月500冊の読書法を公開し、併せて、仕事に生かすための一般教養として高校の教科書・参考書をどのように読むか、ケーススタディとして紹介している。

読書を熟読・速読・超速読にわけ、超速読によって選書している。読書法の本を見るときに、一番興味があるのは選書の方法で、佐藤は一応中まで目を通す(途中でやめることもある)派と言える。

読書が職業の一部である佐藤の手法はすべてを参考にすることはできないが、消しても良いように鉛筆で線引きやコメント記入をするというのは齋藤孝の三色ボールペンとは違っていて、一つの参考になる。ただ、自分は本を汚して読むというのは、色々な著者が推薦しているとはいえ、頭で分かっても体が拒絶することが多い。

あと、佐藤は小説や漫画についても、単なる娯楽としてではなく、社会を映す鏡として読もうとしているが、これは少し堅苦しすぎるのではないかと思った。

いずれにせよ、本書の読書法を本当にトレースできたら、あっという間に教養人になれるだろう。自分にはできそうもないけれど。

●「受験勉強が現実の社会生活の役に立たない」という認識は間違っている。社会人が大学受験のレベルで必要とされる知識を消化できていないため、記憶に定着していないことが問題なのであって、受験勉強の内容は、いずれも社会人になってからも役に立つものだ。(p.8)

☆自分の知る限り、高校レベルの教科書・参考書の重要性を説いたのは佐藤が初めて。言われてみればその通りとしか言いようがない。

●正しい方法論を確立するために重要になるのは、時間という制約要因について、恒に頭に入れておくことだ。たとえば、[略] 複数の外国語を習得した経験がない人がゼロからロシア語に取り組んだ場合、新聞を読む語学力をつけるのに700〜1000時間かかる。数学や外国語の学習は、身体で覚えなくてはならない部分があるので、毎日10時間、集中的に学習するというような手法で集中的に学習するというような手法での学力向上には限界がある。毎日2時間の学習を1年から1年半続けるのは社会人にとって相当のコストだ。その時間、他の勉強や仕事に取り組むことによって期待される成果との機会費用について考える必要がある。 [略] 正しい方法論には捨てる技法も含まれる。(pp.9-10)

☆「読まない」「やらない」ことを決めることの重要性。これがなかなかできない。

●速読術とは、熟読術の裏返しの概念にすぎない。熟読術を身につけないで速読術を体得することは不可能である。(p.49)

☆言われてみればその通り。が、3回読みは自分でもほとんどしたことがないので、佐藤の水準で理解しているわけではない。

●読者が知りたいと思う分野の基本書は、3冊もしくは5冊購入するべきである。
 1冊の基本書だけに頼ると、学説が偏っていた場合、後でそれに気づいて知識を矯正するのには時間と手間がかかる。ちょうど我流で、最初に間違った平泳ぎの仕方を覚えると、後でそれを直すのが大変なのと同じである。(p.54)

☆有益な忠告。ディベートしていた時は無意識に実践していた。言語化はしていなかったので社会人になってから明示的には実践できなかった。

●基礎知識をつける場合、あまり上級の応用知識をつけようと欲張らないことだ。[略]
 それから、最新学説を追う必要もない。最新学説が学会で市民権を得るのに10年くらいかかり、それが入門書に反映されるのにさらに10年くらいかかる。したがって、入門書で得られる知識は20年くらい前のものであるが、それはそれでいいと腹を括ることだ。(pp.56-57)

☆どこで切るか、時間の重要性について考えさせられる。

●重要なことは、知識の断片ではなく、自分の中にある知識を用いて、現実の出来事を説明できるようになることだ。そうでなくては、本物の知識が身についたとは言えない。(p.58)

☆知識のための知識ではだめということ。知識と教養の差。

● 最初に、これら3冊の基本書のどれから読み始めるかをきめなくてはならない。それにはまず、それぞれの本の真ん中くらいのページを開いて読んでみる。[略] 真ん中くらいというのは、実はその本のいちばん弱い部分なのである。あえて、この一番弱い部分をつまみ食いすることで、その本の水準を知るのである。(p.60)

☆初めて聞く考え方。一理ある。

●熟読法の要諦は、同じ本を3回読むことである。
 基本書は、最低3回読む。第1回目は線を引きながらの通読、第2回目はノートに重要箇所の抜き書き、そして最後に再度通読する。
 第1回目の通読を漫然と行ってはならない。実はいい加減な仮読みの手法で、一度本を読んでしまうと、その後、重要事項がきちんと頭に入らなくなってしまう。(p.63)

☆熟読の重要性。結構いい加減によんでわかったつもりになっているので、もう少し丁寧に読みたい。

●出世する上で重要なのは、自分の生活習慣から他人に嫌われるような要因を少しでも除去することである。そのためには自分がやられて嫌なことを他者に対してしないということが基本だ。(p.64)

☆処世訓。

●確かに政治エリートが自己の権力基盤を強化するためにナショナリズムを利用することがある。しかし、逆に外交に効果を出すために、いったん高揚したナショナリズムを沈静化させることはほぼ不可能だ。この点について、『民族とナショナリズム』を読むとその連関がわかる。(p.73)

☆現在の日韓関係における李昭博大統領がまさにこのケースに相当するのではないか。今後両国関係を沈静化させられるかどうか疑問。(現時点で李大統領が天皇謝罪を要求し、野田首相が不快感を示したところ)

●筆者自身、ノートは1冊に集約し、読んだ本の抜き書きやコメントに加えて、語学の練習問題の解答から仕事のスケジュール、簡単な日記(何を食べたか、誰と会ったか)まで、すべて時系列で記すようにしている。後で読み返せるようにできるだけ厚いノート1冊に、「記録」「学習」「仕事」のすべてを集約するのが、筆者にはいちばん効率的である。(p.102)

☆一冊主義者。自分はあまりうまくいかなかった。

●しかし、アフガニスタンのカルザイ政権は、アフガニスタンの有力部族を抑えることができない。アフガニスタンでは、ケシ(アヘンの原料)の栽培が横行している。そして、ターリバーン勢力が再び力をつけている。国内復興は進んでいない。オバマ政権がアフガニスタンに本格的な介入を行っても、事態が急速に好転するとは思えない。(p.130)

☆19世紀の中国におけるアヘン戦争、20世紀の満州におけるアヘン戦争(日中戦争)、に続きアフガニスタンが21世紀のアヘン戦争の現場になるだろうか。

●国際政治について語る際に絶対に記憶しておかなくてはならない基礎知識が、近代国際政治の枠組みを創った1648年のウェストファリア条約だ。(p.132)

☆佐藤の著書には必ずと言っていいほど言及される条約。

●そこで、自分が専門とする分野の本、あるいはインテリジェンスの観点から役に立つ本について、A4判1枚程度(文字数で400字×3〜4枚)のレジュメを作ってくる。慣れると30分でレジュメを1枚作る
ことができる。[専門知識を持つ人々が集まって行う書評会合の] 1回の会合で、一人で最低2冊の本についてレジュメを作るようにする。(p.264)

☆読書会・書評会の開催の参考になる。組織維持に力を使わないため、20〜30冊終わったら一度解散すべし、という忠告も面白い。

●筆者の印象に残っている一例を挙げれば、デヴィッド・W・モラー『詐欺師入門 騙しの天才たち その華麗なる手口』(光文社)についてあるキャリア職員が書評をした。
 一休の詐欺師は、騙した相手に「だまされた」という認識を持たせず、かえって感謝されるという。この技法が情報収集やロビー活動に使えるのではないかというのだ。実際この本に書かれている内容を少し変形して、情報収集活動に使ってみたら、確かに効果があった。(p.264)

☆そのうち読みたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『阿片王―満州の夜と霧』

『阿片王―満州の夜と霧』
佐野眞一
新潮文庫、2008/7/29、¥870(BO¥450)

第二次世界大戦前、昭和初期に満州建国前後、中国で軍資金・宣撫工作資金調達のため阿片を一手に取り仕切った里見甫。その謎につつまれた生涯を、資料やインタビューを通じて明らかにしていく。

『甘粕正彦 乱心の曠野』の姉妹編ともいうべき本。甘粕が満州で人生を終わったのに対し、里見はA級戦犯になりながら戦後も生きながらえる。事情を知る人たちが高齢で時間との勝負の中、闇に隠れていた里見の人生をここまで明らかにしたのは、力作と言える。

本妻が2人、愛人が6人(?)、その他にも女がどれくらいいるかわからないという乱脈な女性関係は、現在ではなかなかわからないけれど、戦争前後の昭和期にはいろいろそのようなことがあったのではないか、と思う。いずれにしてもすごいな、としか言えない。

「日中戦争は20世紀の阿片戦争」と喝破したことや、満州建国が戦後高度経済成長のモデルケースとなっていた、という佐野の主張は、戦争の一面を的確に言い当てていて、目を開かされた。

●世界史的にも類をみない戦後の高度経済成長は、失われた満州を日本国内に取り戻す壮大な実験ではなかったか。そんな思いが私をきつくとらえていた。戦後高度成長の象徴である夢の超特急も合理的な集合住宅もアジア初の水洗式便所も、すべて満州ですでに実験済みだった。(p.12)

☆自分にとって斬新で的確な指摘。

●中国の秘密結社の青幣、紅幣は元々、塩の支配を狙ってつくられてシンジケート組織だった。塩は人間が生きていく上で絶対不可欠の物質である。塩の消費量がわかれば、その国の人口はおよそ把握できる。(p.40)

☆塩の消費量で人口が推測できるというのは一つの経済指標として参考になる。

●[里見の秘書の]梅村[淳] がかつて済んでいた雪ノ下界隈を歩いてみた。梅村が十一年住んだ地番にはテナントが建ち、観光客相手の漬物屋や土産物屋が入居していた。色とりどりの飲食店が軒を連ねるこのあたり一帯は「小町通り」と呼ばれ、鎌倉駅から至近距離にある。(pp.84-85)

☆諸行無常。

●「人は組織をつくるが、組織は人をつくらない」
 里見は晩年、秘書役の伊達によく、そう言ったという。(pp.225-226)

☆至言。

●阿片で得た資金を里見が私することは絶対になかった。里見は物欲という全然なく、「おちかさん」という中年の女中一人を通いで雇い、ピアスアパート二階の小さな部屋一室を家としていた。来るものは拒まず、去る者は追わずの態度は一貫し、金をせびりに来るものには湯水のようにくれてやっていた。(p.241)

☆桁外れの金を持った人間の気持ちに思いをいたす。自分だったらどうするか。

●[東京国際裁判における宣誓供述書における] 里見の証言でもう一つ注目すべきなのは、蒙古産アヘンの取扱量の多さである。その量はペルシャ産アヘンの実に二千五百倍にも達している。kろえは、第二次世界大戦の勃発でヨーロッパに火の手があがり、ペルシャ産アヘンの輸入が思うようにいかなくなったことを意味している。
 この大量のアヘン取扱量からみても、日中戦争は二十世紀の「アヘン戦争」だったことがよくわかる。(p.330)

☆斬新な視点。塚本青史の『仲達』で、三国志時代の歴史をアヘンという視点を導入して読み替えているが、本書からヒントを得たのかもしれない。

●高名な歴史学者のE・H・カーは、歴史はと問われて、次のように答えている。
「それは現代の光を過去にあて、過去の光で現代を見ることだ」(あとがき、p.555)

☆歴史を(歴史小説ではなく歴史を)見るときに心に留めるべき言葉。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『万能鑑定士Qの推理劇II』

『万能鑑定士Qの推理劇II』
松岡圭祐
角川文庫、2012/4/25、¥540(L)

凜田莉子新シリーズ第2弾。シャーロックホームズの未発表原稿がオークション会社に持ち込まれる。高校の先輩の息子の苦境を知った莉子は、彼に預かった『不思議の国のアリス』史上初の和訳本の科学鑑定を社内鑑定家に依頼するため、オークション会社の社員になり、ホームズ原稿のオークショニアを任される。

一件別々の事件が最後に一つにまとまるのはいつもの手法だが、「事件簿」シリーズと異なり「推理劇」では特等添乗員が顔を出してアドバイスをするところが目新しい。

また、本作は最後に高校の先輩は見つかるものの、息子との再会という点では必ずしもハッピーエンドになっていないので、爽快感はあまりないかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中国語学習記録120809

備忘のため本日より時々学習記録をつけます。

『瞬訳中国語初中級編』9周目終了。
『瞬訳中国語初級編』開始。
4級レベルのはずなのにほとんど正解できない。

「単語の力は語学の力」
砂をかむような単純作業。

初級編は当初やるつもりはなく、試験対策に行くつもりだったが、さらっと見てあまりに出来なかったので、「急がば回れ」式で遠回りすることにした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『独裁者の最強スピーチ術』

『独裁者の最強スピーチ術』
川上徹也
星海社新書、2012/4/25、¥861(有隣堂亀戸)

ヒトラーと橋下徹のスピーチを例に、人に響くスピーチとはどのようなものかを整理した本。『我が闘争』はスピーチを学ぶのに最適な本の一つ、とはよく言われるが、ナチスの悪行もあってなかなか扱いづらい本だった。著者もそれについては注意を促した上で取り上げている。内容はよくまとまってい、演説における修辞のテキストとしても使える。すべては使いづらいとしてもいくつかでも実践できれば自分のスピーチもかなり説得力のあるものになるだろう。

内容と直接関係はないが、本書中の橋下大阪市長を基準にすれば、今回の消費税増税に関連した不信任決議案提出のドタバタによって、谷垣自民党総裁がいかに「人は論理ではなく感情で動く」とう大原則を理解していないかが映し出されて痛々しい。消費税増税の是非はあるだろうし、内側では合理性がある判断なのかも知れないが、消費税増税は選挙後に政権を獲ってから再度挑戦すればよいことだし、外から見れば野田総理大臣に「丸め込まれた」としか見えず、決断力・リーダーシップがない、完全に機を逸した、という印象になっている。自分だけかも知れないけれど。

●ヒトラーがナチスこと国家社会主義ドイツ労働者党の党首になったのが1921年。そして首相になったのが1933年。政権獲得までには12年以上かかっている。[略] それでも国民の大多数がヒトラーを支持していたわけではない。政権獲得直前の選挙でさえ、ナチスへの投票率は30パーセントあまりしかなかった。むしろヒトラー屋ナチスを危険視する声の方が高かったのだ。(pp.25-26)

☆支持率が圧倒的だったと思っていたので、大変意外な事実。

●ヒトラーは、書き言葉ではなく、演説こそが、世の中を動かすものだと考えていた。
「すべての強い世界的革新のできごとは、書かれたものによってではなく、語られたことばによって将来されるものだ」(下巻第六章初期の闘争—演説の重要性)
 なぜならば、書き言葉では民衆の反応をダイレクトに読み取り修正することができないが、演説ではそれが可能だからである。(pp.48-49)

☆パナジェリコスとの対比。あるいは時代の差。パナジェリコスでは書き言葉による演説こそが広く流布させるメディアと想定されたが、その都度の修正はその場にいなければできない。

●ヒトラーは、演説する場所や時間にも気を配った。
 特に夕方にこだわった。なぜなら夕方が一般的に人間の心理的バリアが一番弱まる時間帯だからだ。
 場所についても同様だ。人の心が動きやすい場所とそうでない場所がある。
 一般的に人はまわりに人が大勢いて、その熱気を感じると、自分の心も動きやすくなる。(p.53)

☆ここまで気を配るべきことに気づかされた。

●人の心を動かす演説(スピーチ)には「ストーリーの黄金律」が隠されている。その黄金律は演説のみならず、あらゆるコンテンツ(小説、映画、マンガ、演劇など)にも組み込まれており、気づかないうちに私たちの心を揺さぶっている。
(1) 何かが欠落した、もしくは欠落させられた主人公が、
(2) なんとしてもやりとげようとする遠く険しい目標・ゴールを目指して、
(3) 数多くの障害・葛藤・敵対するものに立ち向かっていく。
この3つの要素がスピーチに含まれていると、人は感情移入しやすく、心を動かされやすく、行動に駆り立てられやすくなる。(p.58)

☆過去・現在・未来に区分けすると考えやすい。

●身内に語るスピーチの際には、その団体を主人公に据えて黄金律にそったストーリーを展開していくことが有効だ。つまり主語を「我々」「私たち」にして語ると良い。そうすることで、聴衆が自分も物語の主人公として聴けるからだ。[略]
(1) 過去から現在までの、我々のストーリー
(2) 現在から未来に繋がる、我々のストーリー
シンプルではあるが、身内に語るストーリーの構成としては、非常に効果が高いものである。(p.86)

☆絶対参考にすべき。

●独裁者になるためのスピーチ10か条
(1) 何よりも本人が「熱」をもて
(2) 自分の政策を心に残るワンフレーズで表現し、それを繰り返せ
(3) 国を欠落した主人公にしたてあげ、それを救う白馬の騎士を演じろ
(4) 具体的な政策は語らず大衆に夢を見させろ
(5) かならず敵をつくれ その敵をできるだけ巨大化せよ
(6) 2つのストーリー[自分と国]を交錯させ錯覚させよ
(7) 聴衆のプライドをくすぐれ!聴衆が心の中で思っていることを話せ!
(8) 目の前にいる人間の利益になることを話せ
(9) 強い権力者にはへつらい媚びよ 用がなくなったら捨てよ
(10) 自分に風が吹いている間に、なるべく権限を奪え(p.106)

☆自分にはできない項目がいくつかある。性格だから仕方ないと諦めるか、それでもやるか、考えどころ。

●すべての前提になる大切な条件がある。それは政治家本人が持っている「熱」だ。本人に熱がなければ人は絶対に動かない。本人に熱がなければ、支持者は絶対に増えていかない。聴衆の感情が動くのは、理性からではなく、政治家本人の熱い感情に触れるからである。理性に訴えようとする政治家は爆発的な人気を得ることはできない。本人の熱が強ければ強いほど、まわりに熱が伝わりやすくなる。[略] 炭は人の心だ。何度でも火がうつるまでチャレンジし続けなければならない。火種の熱が消えたらおしまいだ。ひとりでも燃え続けなければならない。(p.106)

☆論理では人は動かない。

●揺るぎない新年を持つためには、有る意味、自分自身をも洗脳する必要がある。
 もっともよい方法が、本人が「黄金律の主人公」を演じきることだ。欠落した主人公が、無理なのではないかと言うほどの目標を持ち、いろいろな障害や敵を乗り越えていく。その物語を演じきる中で、自分自身を信じることができるようになる。(p.109)

☆スピーチ以外にも適用できる考え方。

●政策はワンフレーズのスローガンで表現しないと国民に浸透していかないし、当然伝わっていかない。[略] そのためには以下の3項目を満たす必要がある。
(1) 抽象的な概念ではなく、具体性のある政策を表現するフレーズになっている。
(2) パッと聞いて(読んで)、達成したときの情景が思い浮かぶフレーズになっている。
(3) 何かしらワクワクするような正のベクトルを持つビジョンが入っている。
[例:「所得倍増化計画」「日本列島改造論」「郵政民営化」](pp.110-111)

☆Appleでいえば"Think Diffent"か。自社でいうと何になるか。。。

●「人を動かすテコは2つある。それは恐怖と利益だ」
 これはフランスの皇帝ナポレオンの言葉だと言われている。残念ながら人の心を本当に動かそうと思うと、このふたつが効くことは事実だ。(p.127)

●「恐怖」「利益」以外にもうひとつ人間を動かす力に「名誉」がある(p.129)

☆人間の動物的行動原理。

●[橋下の] 一般的な政治家の街頭演説と大きく違うのは、聴き手に対して無駄な敬語を使っていないという点。「ございます」「させていただきます」「する所存であります」「ご支援賜りますよう」など、いかにも政治家が口にする決まり文句や無駄な言葉が入っていない。それだけでも今までの政治家とは違う清新な印象を与える。(p.167)

☆自分が無駄だと思うのは「高い席から失礼ではありますが」「諸先輩方を差し置いて僭越ではありますが」。自分が指名されたのはその資格があるからなのだから、不必要な前置きとしか思えない。

●「交渉において相手を思い通りに動かし、説得して行くには、はっきり言って三通りの方法しかない。
『合法的に脅す』『利益を与える』『ひたすらお願いする』の三つだ。そのなかでも、最も有効なのは『利益を与える』ことである。
 このばあいの利益には二通りある。一つは文字通り相手方の利益。もう一つは、実際には存在しないレトリックによる利益だ。不利益の回避によって感じさせる『実在しない利益』とも言える。」
『図解・心理戦で絶対負けない交渉術』(橋下徹/日本文芸社)より(p.219)

☆利益を与えることの重要性。

●橋下は、石原慎太郎や小沢一郎など、一般的に強いと思われている政治家に対しては下手に出ることが多い。また時の政権を批判しても、総理大臣など個人は批判しない。地方自治体の首長として、中央の権力に逆らうことが得策ではないことをちゃんとわきまえているのだ。(p.221)

☆「個人を批判しない」ことの重要性。

●橋下徹流 人をとりこむスピーチ術10カ条
(1) 一人称を「僕」にし、無駄な敬語は省く
(2) みなさーんと何度も呼びかけ連帯感をつくる
(3) 3つ並べる [例:ヒト・モノ・カネ、医療・福祉・教育)
(4) サウンドバイトで心にかみつく [=刺激的で誰もが復唱できるような単純なフレーズを繰り返す
(5) 似た構文をリフレインしていく
(6) 偽悪的に振る舞う
(7) 聴衆によって言葉づかいや内容を変える
(8) 実施する政策が歴史的大事業だと思わせる
(9) 聴衆を自分たち側に巻き込んでいく
(10) 一度チャンスを与えてくださいとお願いする(p.225)

●語尾が似ている言葉を繋げるレトリックを、結句反復(エピフォーラ)という。逆に、文頭の語句を合わせる言葉を繋いでいく修辞法を首句反復(アナフォーラ)という。(p.233)


| | コメント (0) | トラックバック (0)

『その幸運は偶然ではないんです!』

『その幸運は偶然ではないんです!』
J.D.クランボルツ、花田光世 (翻訳)
ダイヤモンド社、2005/11/17、¥1,575

成毛氏の講演で推薦されていたので読んでみた。

キャリアプランは最初に決めたとおりにはならないのだから、その時々で最善を尽くし、たとえ当初の目標と違っていてもチャンスが来たらそれに乗ってみよう。幸運は、そのようにベストを尽くす努力をしているとやってくる、という本。

●「神様を笑わせたいのなら、自分の人生計画を話すといい」(p.75)

●私たちはなぜあなたに間違えることを奨励しているのでしょうか。間違えるよりももっとひどいことがあるからですーーそれは、間違えるかも知れないという恐怖から何もしないことです。[略] ベストを尽くすことについては、言うべきことはたくさんありますが、完璧さの追求は、不幸のレシピです。完璧な人間などいないのだから、間違いなく失敗しますーーあなたも例外ではありません。(p.123)

☆完璧を目指さないこと。8割でよしとする割り切りが必要。

●二、三日後、どういうわけだかその看護のクラスの正規講師が私に間違い電話をかけてきまsた。私はすぐに声の主に気づき、「こんにちは!」と言って会話を続けました。四週間の代講がとても楽しかったことを話し、しばらく世間話をした後、彼女は私が講師に採用されたかどうかを聞いてきました。まだだと答えると、彼女は講師を募集している大学をいくつか知っていると言って、三つも紹介してくれました。一方で、病院のワークショップのリーダーからも、パートタイムの仕事を紹介して貰うことができました。
  キャンディスは電話に出たとき、「番号違いですよ」と言うこともできました。そのかわり、彼女は電話の声がだれのものかに気づき、会話を肇、新しく発見した自分の好きな仕事の情報を手に入れました。(pp.130-131)

☆間違い電話を間違い電話で終わらせない、自分でチャンスを作る例。

●さまざまな会社でいろいろな仕事を経験して、ある有名な出版社の副社長になった女性は、「私は、どうすればいいかわかっている仕事を引き受けたことはない」と言います。彼女は新しい仕事のやり方を学ぶことができる、といつも雇い主を納得させてきました。仕事を得た後で、彼女はそのやり方を学びました。(p.184)

●学習を続けていくうえで、次のことを覚えておいてください。
・教育に「完了」はない。
・どんな仕事も学びの経験にする。
・ひとつの仕事で学んだスキルを、次の仕事を得る資格として使う。
・自分の能力を過小評価しない。
・自分の経験から、自分が楽しむことは何かを知る。
・自分で昇進の機会をつくる。
・学習への障害をチャレンジとしてとらえる。(p.197)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『たかが英語!』

『たかが英語!』
三木谷浩史
講談社、¥2012/7/1、¥1,050(東京国際ブックフェア)

東京国際ブックフェアの三木谷社長と野間社長の講演を聞いたので、お布施のつもりで買った。

本書の要旨は次の通り。

日本の対世界のGDP比は今後12%から3%に減少し、今まで日本語に訳されていた技術書などは英語のままで読むようになる。だからグローバル展開を視野に入れている楽天は、英語を公用語にすることで世界とのビジネスを加速することが必要になる。そのためのベンチマークとしてTOEICを使用し、昇進の必要条件として利用する。学習を支援するために、社内での英語教室、本社周辺の英会話教室への補助、未達社員への仕事としての英語学習命令、など様々な施策を打っている。日本の英語学習は「英語をできなくするための時間」になっていて全く役に立たない。今必要なのは厳密な英語よりもシンプルな「グロービッシュ」である。受験英語はすべてTOEFLにするべきである。

書かれていることは至極もっともなことで、特に反対する理由は見あたらない。ただ、楽天の場合は、それ以前にもう少し取り組むべき課題があるような気はする。今回の電子書籍端末Kobo発売時の不手際やそれに対する三木谷社長の「トラブルはユーザーの使い方が悪い」といったコメントを見ても、ビジネスの展開には興味があっても、技術に対する敬意があまりないように感じられる。

社員に英語公用語化を強いてその先に何を得るのか失うのか、これからの展開が楽しみ。

●しかし、僕は心ひそかに「たかが英語じゃないか」と考えていた。どうしてみんな、できない理由をあれこれ並べ立てるのだろう。とにかくやってみなければわからないじゃないか。(p.3)

● [ゴールドマン・サックス・グルー経済調査部が作成した「More Than An Acronym(2007年3月)」によれば] 2006年時点で、日本のGDP比率は世界の約12%を占めていた。ところが、このレポートは、2020年に8%、2050にはわずか3%に落ち込むと予測していた。(p.15)

☆そこまで落ちれば、無理矢理英語をやらせなくても、必要不可欠になってやらざるを得なくなるような気はする。

●ビジネスにおいて重要なことは、仮説を立て、実行し、検証した上で、仕組化することだ。このプロセスを愚超につづけていけば、必ずビジネスは成長する。僕はそう信じて、これまでやってきた。(p.26)

●社内公用語英語化について、僕は一つの仮説を立ててみた。
 一般的な日本の社会人が英語を習得するのに、どれだけの時間が必要だろうか。
 1000時間。それが、この答えに対する僕の仮説だ。
 なぜ1000時間なのか?参考にしたのは、やはり楽天のインド人、中国人社員が、コミュニケーションレベルの日本語を習得するのにかかった時間だ。彼らはだいたい約3ヶ月で日本語を習得していたのだった。
 日本の会社で働き、日本で生活している彼らは、朝起きて、夜寝るまで、毎日10時間程度は、日本語に触れていると考えることが出来る。3ヶ月経つと、彼らの日本語漬け時間はだいたい1000時間となる。
 1000時間、必死になって英語を身につける努力をつづければ、必ず誰だって英語を身につけることができるだろう。(pp.26-27)

●日本の英語教育の根本的な誤りとは何か。その一つは、英語教師が英語をしゃべれないことだ。
 少なくとも中学校、高校の英語教師はすべて、外国人か、英語がペラペラの日本人と入れ替える必要がある。それだけで日本の英語教育は劇的に良くなる。

☆これについては全く同意。中学レベルの動詞の活用もろくに覚えていない人間が英語教師をやっているのは犯罪的とすら言える。

●現在の受験英語は、日本にしか存在しない特殊な英語だ。英語を学ぶ本来の目的は、英語圏で通用する英語を身につけることであるはずだ。だったら最初から、そうすべきだ。日本にしかない英語の勉強に時間を費やすのはムダでしかない。(p.174)

☆ほぼ同意。ネイティブではないので、文法学習は必要だと思うけれど。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

『蒼林堂古書店へようこそ』

『蒼林堂古書店へようこそ』
乾くるみ
徳間文庫、2010/5/15、¥660(TSUTAYA)

林雅賀(まさよし)39歳の経営する蒼林堂古書店には毎週日曜になると、高校の同窓生大村龍夫、高校一年生の柴田五葉、24歳の小学校教員茅原しのぶがやってくる。100円以上の売買をした客にはコーヒー一杯のサービスがあるので、奥のカウンターでおしゃべりをして時間をつぶす。

14章それぞれに小さな謎解きがあり、そして全章を通読することで一つの大きな謎が明かされる。謎解き自体はそれほど複雑怪奇ではなく、ミステリーというほどでもないが、各章で紹介されるミステリー小説が少々マニアックで、ミステリーオタクなら響くところがあるのだろう。

最終章の書名で恋文にするというアイデアは非常にロマンチックだが、今時そこまでわかるような教養のある若い女性なんているんでしょうか、と思った。まぁ、まったりロマンチックが本書の魅力だから、そこをつっこむのは野暮になるのだろうけれど。

●「柴田くんの言うこと、わかりますよ」とマスターが割り込んできた。「人生って、たいてい同じことの繰り返しで、行動がパターン化してきますよね。そこに適度な変化が加わるにしても、それもまたメタレベルの日常に組み込まれてしまう。そういう無間地獄的なところがあって、たとえばサラリーマンや学生の通勤通学には、土日の休みが変化をつけてくれるけど、でもその休みも含んだ《一週間》
というパッケージが、また繰り返されている。その一週間のパターンに今度は夏休みとか正月休みとかが変化をつけてくれるんだけど、その全体が今度は《一年間》というパッケージで、また毎年繰り返されることになる。日曜日にしても夏休みにしても、単にそれぞれの周期が違うだけで、結局はメタレベルのパターンに最初から組み込まれてるんだよね。そのパターンの外側にある、受験だとか転勤だとか、あるいは脱サラとか、そういった生活環境の大きな変化にしても、また新たな繰り返しの、だから新たな日常の入口になっているだけで、非日常へと繋がっているわけではない。そういうことにふと気づいてしまう瞬間って、あるよね」(p.82-83)

☆終わりなき日常を生きろ。

●「ミステリに限らず、小説ってーーいや、小説以外でもそうか、映画とかマンガとかも含めて、だから物語って、そういう人生の単調さをカバーする意味合いがあるんだよね。実人生に不足しがちな、冒険だとかスリルだとか、そういう成分を、想像力で補う、そのための装置っていうか。リフレッシュのための装置。ミステリはその中でも特に、スリルやサスペンスの成分が多かったり、謎解きの知的興奮が味わえたりするし、あとミステリの場合、単に読み捨てるだけじゃなくて、作品同士がネットワークを形成してるんだよね。だから単なる時間つぶしじゃなくて、読んだ作品が自分の中でコレクションされていく。そういう蓄積性があるんだよね。だから僕もミステリを好んで読むようになったんだと、そんなふうに自己分析してるんだけど」
「ただその《蓄積》の部分が、初心者からすると、何か敷居が高いように見えちゃったりするところがあって」と大村が指摘すると、
「そうなんだよね」とマスターは渋い顔をしてみせる。(p.84)

☆事実は小説より奇なり、ではないけれど、以前はミステリもよく読んだが、最近はノンフィクションの方が面白いと感じるようになった。トシか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »