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『カシコギ』

『カシコギ』
趙昌仁
サンマーク出版、2002/3/20、¥1,680(L)

白血病にかかった息子タウムを持つ詩人の父親チョンは、息子を救うため家を売り、蔵書類を売り、最後には骨髄移植を受けるため、自分の角膜を売って金を作る。日本人ドナー女性ミドリから移植した骨髄は生着し、手術は成功する。しかし、末期の肝臓がんに侵されたことを知ったチョンは、別れてフランスに住んで再婚している妻に息子を託し、チョンを慕う女性ジンヒに見取られて亡くなる。

某掲示板を始めネット上でよく引用される「お前が無駄に過ごした今日は、昨日死んで行った者があれほど生きたいと願った明日」の元ネタが本書だと知り、読んだ。本書では、主人公の言葉ではなく、病室の壁に落書きされた言葉として出てきた。

カシコギとは、トゲウオ科に属し、雄が巣を作り、子供を育てる習性があるという魚で、稚魚が独り立ちしたあと、一年という短い生涯を終える。(p.316)

韓国小説は初めて読んだが、同じジャンルの日本の小説に比べて暗く陰気で湿った雰囲気が終止ただよっていた。そもそも、最後に妻に託すなら最初から息子の養育権を渡し、妻に金を出してもらって治療をすればよかったことで、不必要に男尊女卑の考え方が主人公にあったから回り道をした、ということもできる。

小説中では、妻の描かれ方がとにかくひどくて、冷酷な女性にしか見えず読むに耐えない。しかも、一貫して「彼女」「妻」としか表現されず、作中名前がない唯一の主要人物で、扱いがあまりにも冷たい。逆に妻の立場からすれば、確かにこんな男と一緒に暮らせないと思うだろうし、それが嫌で再婚してフランスに出たのも頷ける。また、チョンを慕う女性ジンヒへの態度も暖かみが感じられない。自分の結婚資金をはたいてチョンを援助するほど慕っているのに、自分の肝臓がんのことも教えようとしない。

本書を、息子を救うために角膜まで売って奔走する父親の小説として読み、親がいかに子供のことを思うか、逆にいかに自分が親不孝であるかを顧みて泣いた。しかし、メタ的な読み方をすれば、韓国の根強い男尊女卑思想、そして本書がヒットしたことからわかるように、それを容認する韓国文化をかいま見る小説といえるだろう。その二重の意味で、興味深く読んだ。

●「あなたが虚しく過ごしたきょうという日は
 きのう死んでいったものが
 あれほど生きたいと願ったあした」
 タウムのベッドサイドの壁に書いてある文章だった。
 誰が、いつ書いたのかはわからない。どれだけの患者がベッドに横になって、その文章を読んだのかもわからない。(p.56)

●(後記)
 長くつきあってきた友人がいました。彼は不治の病の子をもっていました。[略] いつだったか、一度だけ彼が言ったことがあります。
「俺の希望がわかるか?子どものために代われることがあれば代わってやりたい。でも、それがないんだ。それが一番耐え難いことなんだ」
 彼のその言葉が、この小説に没頭した理由でした。(p.314)

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