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『サラリーマン漫画の戦後史』

『サラリーマン漫画の戦後史』
真実一郎
洋泉社新書y、2010/8/6、¥777(Amazon)

そもそもサラリーマンという和製英語は、第一次世界大戦後の1920年代に本格的な企業社会を迎え、大量に生まれたホワイトカラーを「サラリーマン」と呼んだのが始まりだという。第二次世界大戦後にはブルーカラーもホワイトカラーも含めた日本独特の用語となって今日を迎えた。しかし、終身雇用・年功序列が崩れた今日、「サラリーマン」という概念がすでに役割を終えてしまったのではないか、というのが著者の問題意識で、それを漫画によって系譜学的に追ったのが本書である。

日本の漫画はすべからく1950年代以降にサラリーマン小説を大量に書いた源氏鶏太にその起源を求めることが出来る。源氏の小説においては、疑似家族としての会社が、「善良なサラリーマンを主人公とした勧善懲悪を」(p.19)描くと言う形で物語られる。その<源氏の血>(p.20)を最も正統に受け継いだのが『島耕作』シリーズでありその他諸々のサラリーマン漫画であった。しかし、バブル崩壊後、疑似家族としての会社は崩壊し、それぞれの「個」を描く漫画に変化していった、というのが著者の主張である。

改めて言われるとなるほどなあ、と思うことが多数あり、自分はまだサラリーマンではなかく学生だったけれど、時代の雰囲気によって無意識のうちにバブルに踊らされている部分もあったのだなぁ、と昔を思い返しながら読んだ。

●[バブル契機の絶頂期] 当時、アルバイト情報誌『フロム・エー』はフリーターを「既成概念を打ち破る新自由人種。敷かれたレールの上をそのまま走ることを拒否し、いつまでも夢を持ち続け、社会を遊泳する究極の仕事人」と定義した。今でこそこうした「夢追いフリーター」は、正規雇用志向型や期間限定型といったフリータータイプのうちのひとつにすぎないものの、バブル当時においては、フリーターといえば夢追い型かモラトリアム型のことであり、そしてその生き方は多くの正社員をも魅了していた。(p.105)

●実は2000年代早々に、平均的なサラリーマンを主人公とした、最大公約数的な広告キャンペーンが社会現象化している。缶コーヒー「ジョージア」の「明日があるさ」キャンペーンだ。[略] このキャンペーンは、「失われた10年」に絶望しかかっていた全てのサラリーマン、全ての日本人に「明日への希望」を与える形で大きな反響を呼んだ。
 今にして思うと、「明日があるさ」が提供した希望は<古き良き昭和の復興>だった。昭和の大ヒット曲を使用し、「吉本ファミリー」という疑似家族を起用して家族的な温かい会社を描いたこのファンタジーは、つまりは源氏鶏太的感性のリバイバルだったのであり、2000年代半ばに『三丁目の夕日』を中心としてブームとなる昭和リバイバルの先行事例だったのだ。そしてこれは、<源氏の血>が輝いた最後の瞬間となった。(pp.136-137)

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