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『米国製エリートは本当にすごいのか?』

『米国製エリートは本当にすごいのか?』
佐々木紀彦
東洋経済新報社、2011/7/8、¥1,575

スタンフォードに留学した著者による日米の大学教育比較。
日本の歴史観や軍事力への現状認識にもバランスのとれた良書。

●それでは、なぜ米国の大学は経済学を重んじるのでしょうか。
 経済学の教科書で有名な、ハーバード大学のグレゴリー•マンキュー教授は、三つの理由をあげています。「自分が暮らしている世界を理解するため」「経済へのより機敏な参加者になるため」「経済政策の可能性と限界とをよりよく理解するため」の三つです。これを私流に意訳すると、「よき教養人となるため」「よき経済人となるため」「よき有権者となるため」となります。(p.71)

●むしろ、米穀流教育の強みは、一見分かりにくい実践性にあります。具体的にいうと「演繹的に物事を考える能力」「限られた情報から物事を予測する能力」を鍛えるよい訓練になります。仮説を立て、それを検証し、修正して行くーこうした習慣を、米国の学生は毎日叩き込まれるわけです。日本では、留学やコンサルティング会社での勤務経験がある人間でもない限り、こうしたトレーニングを受ける機会はありません。(p.75)

●日本人と米国人では、抽象的思考能力(コンセプト)と現場感覚(リアリズム)のバランスが真逆であるように感じます。日本の現場主義は、トヨタを代表とするカイゼンを生み出し、製造業の競争力を支えていますが、日本人はつい"現場絶対主義"に陥ってしまいます。抽象的な理論ばかりにこだわると、現実離れした答えに行き着くリスクがありますが、現場感覚ばかりに浸ると、目の前の情報に引っ張られて、問題を大局的に見ることができなくなってしまいます。(p.77)

●[取材相手の自動車会社ディーラー]社長いわく、「担当地域が決まったら、その県の歴史を徹底的に勉強する。そうすれば、県の特徴や県民性がわかり、販売戦略を立てやすくなる」。実際に彼は、その手法により、各地で結果を残していたのです。[略] 人も組織も国も、過去のくびきからは逃れられません。人や国や組織の本質が容易には変わらないからこそ、歴史を学ぶ意味があるのです。そして、将来に向けたビジョンを描くのに役立つからこそ、米国のエリート教育では歴史が重視されるのです。(p.110)

●知力の核となる、インプット能力を高めるにはどうすればいいのでしょうか。[略]
 やわらかくて気軽に読める本を10冊読んでも、得られるのは散漫な知識とたくさん本を読んだという自己満足のみ。それよりも、内容の深い本一冊を机に座って集中して読み、体系的に知識を仕入れる方が、長い目で見ると能率が上がるのです。(p.234)

●私の一番のお勧めは、有名教授の授業のシラバスを参考にすることです。そこに記されている課題図書は、専門家のスクリーニングがかかったものですので、一定の質が保たれています。それらを徹底的に読み込めば、あるテーマについて、専門家と話しても恥ずかしくないだけの知的ベースが出来上がります。
 最近は、多くの教授が自身のホームページや大学のサイトでシラバスを公開していますから、入手は簡単です。論文の多くは、無料でダウンロードできますし、書籍を購入するとしても、実際に授業を受けるのに比べれば、格段におトクです。集中すれば、教授が三、四ヶ月かけて教えるすべての課題図書を、一、二週間で読破できます。(p.236)

●米国から見た日本の近現代史について知りたければ、MITのリチャード•サミュエルズ教授のシラバスがお勧めです。彼の著書『日本防衛の大戦略』とワシントン大学教授のケネス•パイルのJapan Rising (Publicaffairs)は、日本の近代から現代の外交史を英語で学ぶ際の良書です。(p.236)

●私は、教師としての大学教授の力量は1)構成力(授業のテーマや教材の選び方、その順番の決め方)、2)司会者としての能力、3)批評家としての能力、の三つにあると思っているのですが、1)の構成力は、実際に授業を受けなくても、見極めが可能です。ある教授が勧めている課題図書を読んでみて、退屈かつ凡庸なものが多ければ、もう読み進める必要はありません。一方、試し読みして面白いと感じたら、その教授の推薦図書をぶっ通しで読んでみることです。そうすれば、米国の大学で授業を実際に受けるのと遜色ないレベル、ときにはそれ異常の知力向上を望めるはずです。
 大学院二年開始前の夏休み、私はこの手法を実践すべく、ひたすら図書館にこもって論文•書籍を読みあさったのですが、このちきに一番知力の向上を実感しました[略]。(pp.236-237)

●この例に限らず、「勉強の真髄とは自習である」と身に染みて感じます。帰国後、多くの方から「留学生活で一番学んだことは何ですか」と聞かれたのですが、いろいろ考えた末に行き着いた答えは、「自習のための正しいフォームを身につけることができた」ということです。非常に地味ですが、これこそがスタンフォード生活での最大の学びだと思っています。(p.237)

●逆に、米国の場合、知力に自信のある人ほど批判を歓迎します(そういうフリをしているとも言えますが…)。他人のアドバイスをうまく取り込んでいきながら、自分のアウトプットを洗練させて行くのです。これは[略] 単純に「慣れ」と「打算」の問題でしょう。彼らは、小さい頃から、人格や感情を切り離して、議論するトレーニングができています。そして、自らのアイディアを批評の俎上にのせることが、メリットになることをよく理解しているのです。(p.239)

●同様に、批判をお願いする人間の選び方も重要です。[略] その意味で、知力とは、センスと知性に溢れた批判者をどれだけ周りにもてるかという、"人脈のクオリティ"の問題でもあるのです。(p.240)


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