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『センセイの鞄』

『センセイの鞄』
川上弘美
文春文庫、2004/9/3、¥560(有隣堂亀戸)

週末旅行中に読むのにちょうどよい加減の本を探していて、書店で購入した一冊。
川上弘美の小説は本書が初めて。

37歳の大町ツキ子が、行きつけの飲み屋で高校の時に国語教師だったセンセイと出会ってから5年間の出来事を「あわあわと」したタッチで描いた物語。

季節季節の物語が、静かな時間の流れの中に紡がれる。登場人物それぞれがそれぞれに色合いを出していて、ツキ子とセンセイの二人を中心としながらも、飲み屋の主人サトルさんや、高校の時の同窓生小島孝、出奔したセンセイの奥さんなど、この人たちは何を思いながら日々を送っているのだろう、と思いを馳せてしまう。

途中でどことは知れない場所「干潟」でセンセイとツキ子が酒を交わす場面が出てくる。センセイみずから「中間みたいな場所」言っていて、一応夢の中、という解釈なのだろうけれど、この世とあの世を繋ぐ場所として解釈したものか、よくわからなかった。解説で木田元が、川上の小説は時間がまっすぐ流れないことについて述べているが、人物の心象で描いているので確かにそのような印象を受ける。この場面もその一つだった。

最後の一節で、センセイの形見にもらった鞄を時に開き、「ただ儚々(ぼうぼう)とした空間ばかりが、広がっているのである」と語られるとき、ツキ子の喪失感と重なって、その何もない空間の圧倒的な存在感が胸に迫る。

読む前は時間つぶしにちょうど良い小説くらいにしか思っていなかったが、読了後の余韻がすごくて、三日経ってもまだ醒めない。何だかすごい小説を読んだ気がする。

「センセイ」とわたしは小声で、ため息のかわりに、言った。
「センセイ」
 川からは秋の夜の空気がたちのぼってくる。センセイおやすみなさい。I♡NYのTシャツ、けっこう似合ってましたよ。風邪がすっかりなおったら、飲みましょう。サトルさんの店で、もう秋だからあたたかいものをつまみに、飲みましょうね。
 何百メートルかへだてた場所に今いるセンセイに向かって、わたしはいつまででも話しかけた。川沿いの道をゆっくりと歩きながら、月に向かって話しかけるような気分で、いつまででも、話かけつづけた。(pp.237-238)

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