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『空白の天気図』

『空白の天気図』
柳田邦男
新潮社、1975/09/16。¥880(L)

日経新聞11/08/07日曜版「半歩遅れの読書術」欄で、恩田陸に取り上げられたのを見て読んだ。

1945年8月6日の広島原爆は日本人であれば誰でも知っていることだが、その直後の9/17に鹿児島から上陸し、広島にも3000名以上の犠牲者を出す甚大な被害を出した枕崎台風については勉強不足で知らなかった。上陸地点の鹿児島より広島に大きな被害が出たのは、戦時下で治水を担うべき山の樹木を伐採したり松根を掘ったりしたことを遠因とし、終戦直後で気象予報体制も連絡体制も貧弱な中、広島原爆で身を守るすべを失った市民に水害となっておそったことが原因とされる。

本書は、この二つの災厄を、広島気象台の職員の目を通してノンフィクションとして書かれた。軍の管理下におかれ日常の天気予報さえ出せない気象台の不自由な状況、原爆の直接間接の被害、物資の欠乏などの状況下、気象台職員が職務を放棄せず、一日の欠測もなく観測を続けた様子が描かれている。1975年発刊ということで関係者がまだ存命であり、事実関係を精緻に検証して書かれていて非常に説得力のある内容となっている。

原爆投下直後から気象台職員によって積乱雲の発生と黒い雨の降雨分布図作成のための調査が実施され、後年、被爆者補償の際に大きな資料となったことや、枕崎台風襲来時、大野陸軍病院で被爆者治療にあたった京大医学部チームの主要メンバーが被災し、亡くなったことなど、今まで知らなかったことばかりで驚きの連続だった。

●異様な迫力に夢中になって読み続け、本を閉じた時にはなんとなく憑きものが落ちたような気がしたのを覚えている。過去に起きたことを掘り起こし再現するという著者の執念に圧倒され、自分のちっぽけな挫折が阿呆らしく思え、立ち上がって台所に食べるものを探しに行った。[略] このとき感じた本というものの「慰め」のパワーは、今も強く印象に残っている。(恩田、日経新聞、11/08/07)

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