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『「読む・書く・話す」を一瞬でモノにする技術』

『「読む・書く・話す」を一瞬でモノにする技術』
齋藤孝
大和書房、2009/9/1、¥ 1,470(有隣堂亀戸)

「情報は、自分の頭の働きをよくするために活用されるべきものなのだ」(p.2)「真の情報活用とは、頭の働きをよくし、知的生産力を鍛えることなのだ」(p.3)という思想で書かれた読書法の本。『三色ボールペン情報活用術』でも書かれているが、基本的に齋藤は本を汚して読むことを推奨している。これは、書斎スペースが充実していくらでも本を置けるのであれば有効だろうが、限られたスペースで置ける本が少ない人間には使いづらい方法なのが残念。また、知的生産法としての読書を扱う本は、常に最終アウトプットを念頭においてインプットをせよ、と説くが、自分は必ずしも明確なアウトプットを想定しなくてもよい、と考える方で、改めて自分は『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』にある「ただ本を読むのが好き」タイプなのだろうと認識した。

●人と話したり、テレビを見たりしているとき、ふっと自分に関わりのある情報だと感じ取ったら、すうにメモを取るなど、とりあえず何らかの行動をすべきなのだ。(p.32)

●情報を引き寄せるアンテナは、課題を持ち、それを考えていていると、しだいに立ってくるものだ。[略] こんな状態から脱するためにも、まず、[アンケート調査などで] 「とくになし」や空欄回答をやめよう。とにかく考え、自分の言葉を見つけて、何かを書くようにするのだ。(p.41)

●自分に縁のある情報だと思ったことは、その場でいったん、アウトプットする、つまり、だれかに話しておくとよい。
 声に出すことは記憶をよくするとてもよい方法だが、人に話すことは、自ずとそこに自分流の編集が加わるので、さらに確実に、情報が自分のものとして記憶されやすくなるのである。(p.53)

●情報を吸収したり、脳にしまうときにも五感を働かせることは重要だ。たとえば、自分の記憶を検索するとき、五感を働かせて、同じようなニオイの記憶をたどるように検索すると、一見、まったく違う情報なのに、同じ問題の課題解決に大いに役立つ。そんなことがよくあるものだ。(p.58)

●現在、情報は身のまわりのいたるところにあふれているから、収集は出会ったところで瞬時にやるしかないし、そのほうがずっと効率もいい。だが、情報を引き出すときには、ひきだしやすい、たとえば集中しやすい場にこもることも必要だ。こういう場にこもる、身をおくことも「構え」の一つである。(p.61)

●少し前までは、インタビューや面接などではよく「座右の書は?」とか「あなたを変えた本はどんな本ですか?」と聞いたものだ。実際、そうした本との出会いを持つ人は少なくなかった。一冊の本により、自分を変えてしまうほどの衝撃を受けることがある。本は、人の人生とそれほど深く関わる可能性を持っているものなのだ。本には、その著者が長年、蓄積してきた知的な資産や深い思考の流れなどがぎっしりと詰め込まれている。私は本を読むとき、よくこんな感覚を持つ。(p.65)

●読書をしない人と読書を多くしてきた人では雲泥の差がある。本は泥を黄金の雲に変える。まさに、読書は錬金術なのである。本を読むことにより、人はより輝かしい自分に変わっていける。同時に、バランスのとれた判断力や理解力の持ち主にも変わっていける。(p.66)

●本を読むのは苦手だ、嫌いだという人は間違いなく本に慣れていない。
 本は苦手だという小学生には、私は、まず、本を十冊読みなさいとすすめている。十冊目までは何が何でも我慢して読み続けなさい。薄い本や読みやすい本でいいから、絶対に本を途中で投げ出さない、と自分に約束して読み続けなさいと。
 ここまでは、ちょっとつらいかもしれない。だが、十冊目を超えた頃から、本を読むことがそんなにつらくなくなる。すーっと楽になってくる。(p.67)

●ものごとには「質量転化の法則」とでもいうべき現象がある。量的な蓄積によって質が変化するのだ。たくさんの経験を積み上げると、しだいにある能力が磨き上げられていき、ついには、一瞬の判断力が鋭くなったり、直感が働くようになるのである。[略]
 読書を情報活用として「ワザ化」[=あることがしっかり身につき、それが、自分の中で確立された方法になっていることをいう齋藤の造語] する。そのためには、できるだけ、たくさんの本を読む。これが大前提になる。情報活用の能力もある程度、量に比例するのである。
 たとえば、一冊、二冊読んだ程度では情報活用の能力はさほど増えない。だが、それが百冊になり、千冊、二千冊となっていくと、二千冊読んでいる人の二千一冊目は、十冊読んだ人の十一冊目に読む一冊よりはスピードが速く、なおかつ吸収力も高くなる。
 一万冊こなしている人は、一万一冊目になると、十五分か二十分もあれば内容をだいたい説明できるようになっているはずだ。それははぜか、たくさんの本を読むことを通じて、結果的に、速読法を身につけていくからだ。
 私は、速読とは目を速く動かすことではなく、理解力を増すことだと思っている。(pp.68-70)

●多読と精読の二兎を追う技。その一つが二割読書法である。
 二割読書法といっても、全編、20%程度の意識の薄さで読むとか、あるいは、本の最初の二割だけを読む方法をいうわけではない。一冊の本の中に、自分にとって、ここは"使える"、ここが"おいしい"と思ったところを重点的に読む。その"おいしい部分"はだいたい、一冊の本の20%くらいではないだろうか。[略] 二割読書法とは、言い換えれば二割重点主義。たとえば、200ページの本を読むのなら、その二割、40ページをしっかり読み、最大効果をあげる読み方だともいえる。[略] 具体的に言えば、はじめにパラパラと本をめくり、読むところと読まないところを決めてしまう。そして、自分のためになる40ページを、普通の読みよりも深く読む。これが二割読書法なのである。(pp.78-79)

☆本田直之の『レバレッジリーディング』と同じ考え方。

●本の中身はそれほど均等にはできていないもので、著者がその本を書くにいたったポイントはどこかに集約されている。(p.83)

●多くの人は、ほんのページを読まないで飛ばしてしまうことに忠書する。なかには、飛ばしたところに大事なことが書かれているのでは、と不安になる人もいるかもしれない。だが、それを見逃すリスクよりも、一冊に時間を割きすぎて、ほかの本をもっと読めなくなるリスクのほうがずっと大きい。飛ばし読みするとき、読まないページをばっさり切り捨てるよりも、パラパラでいいからさぁーっと目は通す。このとき、問いやキーワードが頭にあると、飛ばしているページの中にも、「お、いいことが書いてあるぞ」というような一文が見つかることもあるからだ。本を読んで、のちに、人に話せる言葉や自分の課題や仕事に使える、つまり、引用できる文が一行見つかれば、その本と出会った意義は十分ある。それが本と人との出会いだといってよい。(pp.86-87)

●買ったその日が最高の読書チャンス[略]
 私は、原則として、買ったその日に読み終わるという締め切りを課している。なぜなら、買ったその日こそ、その本を読む最大のチャンスだからだ。[略] 私の場合は、たいてい、書店の帰りに喫茶店に立ち寄り、そこで読む。一冊をじっくりよむのではなく、買ってきた数冊を次々に読んでいく。このとき、前に述べた重点読書法を駆使。30分から1時間程度の限られた時間内でたくさんの本を読んでも、それぞれについて、中身を見ないでも要約をいえるぐらいまでの読み方をする。この方法は、知的生産の鍛錬には相当役立つ。(pp.88-89)

☆米原万里が同様のことを言っていた。内容を要約して言えるように読むというのは、確かに内容を把握しているかどうか確かめられるのでいい方法だと思う。

●よい本にはほとんど唯一の、だが、大きな欠点がある。それはおもしろすぎて、つい、時間がたつのを忘れて読みふけってしまうことだ。[略] [他の用事のための時間が浸食されて] 結果的には、その読書はマイナスだったということにもなりかねない。[略]私は、これまでスポーツや武道をやったり教えたりしてきた。その経験から、 時間の感覚がなければスピードも密度も上がらないと確信している。生産性を上げるには「時間の密度感覚」が不可欠なのだ。読書も例外ではない。時間経過は時計でもわかるのだが、ストップウォッチのほうが、「時間内に速くやれよ」というメッセージが伝わりやすい。仕事をするときの単位を私は90分に設定している。[略] 読書をする場合は、30分なり、1時間なり、許される範囲の時間をストップウォッチに設定し、その時間内は心おきなく本の世界に没入している。(pp.90-91)

●一般的に、批判的にものをいう、クリティカルシンキングをしていると、いかにも頭がよい人のように見てしまう傾向があるが、これはかなり危険なことだ。[略] 自分の立場は留保しておき、相手が立っているところに廻ってみる。こうすると、「なるほど、こういう立場に立て場そういうこともいえるのだな」という感覚がつかめるはずだ。もともと、対話とは、こうした共感的理解の上に立って、双方が話をしなければ成り立たないものであったのだが。(p.133)

☆齋藤は論理的思考やディベートに批判的な物言いをよくするが、その内容を見ると、必ずしも正確な理解をしているとは思えない。周りに変に論理を振り回す人間がいるのではないかと思わせる。

●雑誌の記事を一つ読んだら、何か一つ、アイディアを思いつくことを自分に課す。手帳のフリースペースに何かテーマを書き、時間があるときには、そこにどんどん、そのテーマから思いつく企画を書いていく。(p.203)

☆記事の本質を理解しないと企画も出せないので、インプットのためのアウトプットの訓練として使えるのではないか。

●[究極の情報源は「人と会う」こと] といっても、一般の人はそうそう、ビッグな人に生で会える機会はない。だが、講演会や公開講座、オープンカレッジなどなら門は広く開かれている。「これは!」と思う人の話を聞きに行き、その人と生で触れ合う機会を積極的に持つことも大事にしたい。(pp.210-211)


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『官僚に学ぶ仕事術』

『官僚に学ぶ仕事術 ~最小のインプットで最良のアウトプットを実現する霞が関流テクニック~ 』
久保田崇
マイコミ新書、2011/5/31、¥872(丸善日本橋)

帯の「ニッポンをうごかす頭脳から学べ キャリア官僚はやっぱりすごい」というキャッチに騙されて購入。よく売れている自己啓発本やノウハウ本を切り貼りしたような内容で、どの章もどこかで見たなあ、という印象。著者が30代半ばと自分より一世代下ということもあるのかもしれないが、目新しい内容はほとんどなく、どこが「やっぱりすごい」のかよくわからなかった。担当になった分野の専門家と渡り合う知識を短期間に仕入れるために官僚が読書家であることや、徹夜や泊まり込みをしてまで仕事をやりとげるというのは、確かにすごいといえよう。が、それは官僚に限らない話であって、官僚に特有の「すごい」内容は見当たらなかった。むしろ、官僚も一般の社会人も、できる人間はやるべきことをしっかりやるのだ、という読み方をすべき本かもしれない。

読書時間を捻出するためにテレビと新聞を読まない、という著者の考え方には共感できる。特に、自分もいかに読書時間を作るかで苦労しているので、著者の割り切りは素晴らしい。自分の読書の考え方とは違うが、本書では速読の方法としてフォトリーディングが推薦されている。ただ、著者やスキミングの方法として採用しているので、見ただけですべてを記憶するというフォトではなく通常の速読法と考えてよいと思う。

これから社会に出る学生、特に官僚になりたい学生のための就職本の一種と考えれば役立つ本といえよう。

●[講演で聴衆に準備ができていないのは] 当たり前とも言えます。スピーチや挨拶といっても、聴衆がこちらの挨拶を待ちきれないくらいに熱心に聴く準備ができているなどということはほとんどありません。式の進行上、挨拶が設けられているから、仕方なく聞いているといったケースがほとんどです。そこで、最初に、「このスピーチはあなたに関係ある話だよ」とメッセージを送らねばなりません。[略] スピーチの達人であるデール・カーネギーも『話し方入門』(創元社)の中で、「大切なのは何を話すのかではなく、むしろどう話すかということだ」と述べています。そういう意味で、スピーチの導入部を念入りに準備することは、聴衆を話に引き込む、重要なパートと言えるでしょう。(pp.97-98)

●2009年の調査によると、全国の20代・30代のビジネスパーソンが過去1年間に読んだビジネス書は平均3.1冊だったそうです(2009年10月27日、株式会社リクルートエージェント・株式会社インテージ。回答者数1064人)。この調査からわかることは、1年間に3冊以上ビジネス書を読むだけで、平均的なビジネスパーソンを上回る自己啓発ができるということです。
 この他にも、読書好きには信じられない事実があります。[略] ビジネス書の潜在的読者の母数と考えられる労働力人口は、約6600万人。労働力人口のうち、[2009年]年間ベストセラー1位のビジネス書を読んだのは、たったの0.5%に過ぎないのです[略]。ということは、年間3冊以上ビジネス書を読むだけで、平均的なビジネスパーソンを上回り、月数冊など、常日頃からビジネス書を読む習慣がある一は、それだけでトップ0.5%に入れるということなのです。
 また、2006年に総務省統計局が実施した「社会生活基本調査」によれば、30〜49歳が1日あたりに費やしている(学業以外の)学習・研究」は7〜8分でした。このことから、1日10分でも勉強をすれば、平均を上回ることができます。(pp.104-105)

●通勤電車以外に、もっと読書の時間を増やしたい場合は、テレビを見るのをやめるのがおすすめです。テレビを見る時間が1日2時間なら、その分を丸ごと読書時間に充てることができます。実際、私はテレビを見ることをやめてから、年間数百冊の本を読む時間を確保できるようになりました。(pp.113-114)

●新聞は読むな:実は私は最近ほとんど新聞を読んでいません。新聞をじっくり読む時間があれば、むしろ読書をします。新聞を読まない理由は次の通りです。
•速報性に劣るためー新聞の性質上、リアルタイムなニュース配信は、テレビやネットにかないません。[略]
•一時的なフロー情報より、深く分析されたストック情報を得たいためーテレビを見ない理由と同じですが、書籍を読む時間を確保したいため、ニュースのチェックは最小限のものとしています。[略] そして、新聞がフロー情報といっても、主要なストレートニュースがすべて掲載されているのではなく、功名に取捨選択されていることにも注意が必要です。どのメディアにも一定のバイアスがあり、その主義・主張に合致するような事実のみを伝えているのです。[略]
•ネガティブなものに影響されないためー世の中のニュース[の][略]多数を占めているのは、殺人や強盗、交通事故や自殺などの事件です。しかし、 このような事件が起きたことを知ったところで、関係者が事件に巻き込まれていない限りは、一般人にはあまり意味はありません。[略] このようなネガティブなニュースに触れていると、自分の考え方までネガティブな雰囲気に侵されてしまう恐れがあります。[略] この点、書籍であれば前向きな内容(もしくは問題を解決する手段が述べられているような内容)のものが多いので、考えも前向きになれます。[略]
 私も本当に新聞を一切読まないというわけではありません。主要な記事はざっと斜め読みしています。[略] 現代のように情報が氾濫している時代には、新聞に書かれているフロー情報だけに触れていると、そこで起こっている重要な流れや節目を見逃してしまいます。全体の流れや出来事の意味に関する深い洞察を得るためには、深い分析の元に書かれている書籍を併せて読むことが必要ではないでしょうか。(pp.114-117)

●仕事上の決断、組織内においての決断は、あくまで論理的に決めていく必要がありますが、そうではない個人の裁量で決められる問題に着いては、理詰めで決めていくことなく、可能な限り個人の感覚を大事にしています(というより、その方が伸び伸びと生きられます)。(p.203)

☆羽生善治の直感力を例に挙げている。経験に裏打ちされた直感は時として論理に勝る。

●他人を変えることは極めて難しいです。上司や部下、友人を変えたいと思うことは誰にでもあるでしょうが、大概の場合、徒労に終わります。[略] 本人が自発的に変わろうと心の準備をしている場合を除き、他人には意見しないのが得策です。自分の「内」にあるもの(思考、感情、考え方、物の見方)をコントロールすることはできます。他人も含め、自分がコントロールできないものではなく、自分のコントロールできることに集中することで、物事を改善できるのです。(pp.205-206)

☆自分を律せよというドラッカーと同じ内容の主張。「ほかの人間をマネジメントできるなどということは証明されていない。しかし、自らをマネジメントすることは常に可能である。マネジメントとは、模範となることによって行うものである」。(『経営者の条件』)


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『人事部は見ている。 』

『人事部は見ている。』
楠木新
日経プレミアシリーズ、2011/6/14、¥893(丸善日本橋)

書店で平積みになっていて帯の「社員はあまり知らない会社人事の決まり方」で、世間一般ではどうなっているのか多少興味があったので購入。

内容はごく普通で、人事部には部外の社員が思うほど絶大な裁量はないものの、その中で士気の高い仕事をしている、とか、一人の人間が管理できる人数は300人が限度で、企業の規模によって人事の役割が変わる、といったもの。期待していたようなどろどろした話はあまりなく、お行儀の良い本といった印象。ただ、引き上げてくれる立場の人と知り合いになる=コネを作る、ということが重要であるというのはどの組織でも通用する話で参考になった。

また、ある大手企業の人事担当者の話(p.134)で、まだ障害者雇用が整備されていない時代の話が印象に残った。彼が足が不自由な20代前半の女性を面接した際、通常の勤務は無理で本来なら不採用とすべきところ、通勤が可能な事務センターに頼み込んで採用した。人事部員の裁量として見ることもできるし、採用を通じて自信のある人間に成長させることのできる人事という仕事の魅力と見ることもできる。

●[中小公庫調査部長から経営コンサルタントに転身し、その後作家になった加藤廣氏は、トップが変わった途端評価が変わることを身を以て経験したことで] 一つの組織に依存していてはいけないと思った。10年後に公庫を辞めると決意した。38歳のときである。退職後も通用するスキルを身につけるため、ゴルフやマージャンを控え、会計学や語学を学んだ。意識して人脈を広げ、貯金もした。計画より少し遅れたものの、51歳で辞表を提出。経営コンサルタントに転身した。(pp.53-54)

☆転職を念頭におかなくても、現在のようにお客様の嗜好が多岐にわたり求められるレベルも多様な現代では、それらの状況に十分に対応する能力を身につけるため個人としてのスキルを高めることは、社員に限らず社長に至るまで心がけるべきことだと思う。

●具体的な能力云々の前に社内で昇進の階段を上るための1つ重要な条件を挙げると、「(結果として)エラくなった人」と出会い、知り合うことである。誰だって、人となりを十分知らない人物を「ヒキ」上げることはできない。「同じ部署に在籍した」「職場は違っても一緒に仕事をした」「労使交渉で役員と組合員として渡り合った」「好きなゴルフで何回も一緒にラウンドした」など、同じ時間、空間を共有することが必要なのである。実際に「ヒキ」上げるのは、その権限を持っている上司である。このため、客観的に能力があるとか、部下の人望があるというよりも、「(結果として)エラくなる(なった)人」と出会うことが大切なのである。(pp.121-122)

●中堅企業の社長が部下に忠誠心を求めていたり、大手企業の元トップが「自分の立場を覆すっk農政のある人物は後任に選べない」と語ったり、といった話を紹介した。これらの発言に裏付けられるように、実際に水からが発揮する能力を上位役職者が望む「範囲内」に留めおくことも求められる。上司を安心させておくのだ。周囲から、茶坊主、ゴマすりと見えるのはこの部分である。[略] 私も人事部や企画部を経験して、この「(結果的に)エラくなる人と長く一緒にやれる能力」や「大手企業の内部管理機構で活躍できる能力」などを頭では理解できていた。しかし、「知っていること」と「やれること」とはやはり別物なのだ。(pp.127-128)

☆物事はすべからく「知っている」だけではだめで、いかに「やれる」ようにするかが重要。

●体育会系の屈強な10人ほどのリクルーターが、「楠木さんは30分しか彼を見ていません。しかし私たちは4年間ずっと彼を見てきたので、いかに素晴らしい人物であるかが分かっています。ぜひもう一度面接をしてください」と連名の手紙を私に渡した。それを受けて私は、「僕たちが営業に行っても、30分もしないうちに、お客さんから評価を受ける。30分の面接と言うが、この時間内にプレゼンできる素養が試されているのだ。しかも私はきちんと面接して決断した。だから彼の不採用は動かない」言い切った。(p.152)

☆面接をする際の新しい視点を気付かされた。

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『絆回廊 新宿鮫X』

『絆回廊 新宿鮫X』
大沢在昌
光文社、2011/6/10、¥1,680(丸善日本橋店)

ブックフェアで著者の無料基調講演を聞いたので、講演料のつもりで購入。今回大沢の著作は初めて。

講演で大沢は、シリーズが長くなると既存読者が次第に離れることと新規読者が敷居の高さから敬遠することから部数が減少することを問題と考えていた。そこで、今回『絆回廊』は新しい読者獲得のテストケースとしてほぼ日刊イトイ新聞に連載し、ハードボイルドなど読んだことがなさそうな若い女性層にどれだけ楽しんでもらえるか、を念頭に書いたとのことで、結果としてかなりの成功を収めたとのことだった。アマゾンなどのブックレビューを見ると、本書は必ずしも新宿鮫シリーズの既存読者にしっくりくる内容ではなく、少し薄味との意見が多いようだが、上記の理由が背景にあるのかもしれない。

新宿署生活安全課の鮫島は、ふとしたことでベテラン売人露崎から出所したての男が警察官を殺そうとしていることを聞く。その男を追ううち、全く別の麻薬ルートに絡む暴力団や中国残留孤児グループの事件を暴くことになる。その過程でつきあっていた女性や上司の課長との別れが訪れる。

読んでみて、たぶんシリーズを最初から読まないと新宿鮫の空気感はわからないだろうな、と思った。エンターテイメントとして本作だけでも十分読めるが、結局一番キモの中国人には内調との関係で逃げられていて続編がありそうで少し消化不良だし、これまでの九作分の人間関係や背景は簡単に説明されているが、やはり細かいところのニュアンスが伝わりづらい。最後の課長との別れも、九作の積み重ねがあってこそ読者が鮫島と悲しみを共有できるのだろうと思う。

●受刑者にとり、服役期間は時計の針が止まっているに等しい、と聞いたことがある。塀の中で、規則正しく変化の乏しい生活を続けているうちに、しゃばはどんどんかわっていく。子供の成長も、親しい者との死別も、胸に刻む機会は与えられない。
それこそが、"罰"なのだ。塀の内側でひたすらくりかえしの日々を送ることよりも、会いたい者に会えず、食べたいものを食べられない不自由な時間を過すことよりも、何より、変化しつづける世間とは無縁の場に長く留めおかれること。(p.304)

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『新訳 菜根譚』PHP新書

『新訳 菜根譚―先行き不透明の時代を生き抜く40歳からの処世術』
守屋洋
PHP新書、2011/3/7、¥998

小宮一慶の『読書力養成講座』で推薦されていた本。『菜根譚』自体は様々な版が出ているので、書店で見てとりあえず読みやすそうなものを購入。

十七世紀初め、明代に書かれたと推定される本で、中国の古典では比較的新しい。処世訓だが、バランスの取れた内容なので日本人に受け入れられたのではないか。小宮の言うように、座右の書として一日一項目寝る前に読む、というのはよい安定剤となるだろう。

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『難解な本を読む技術』

『難解な本を読む技術』
高田明典
光文社新書、2009/5/20、¥861(BO¥400)

難解な「思想」の本を読む技術、と言っていい本だが、ごく普通にちょっと難しい本の読み方の本としても読める。基本的な考え方は、とにかく選書に時間を使え、ということと、ノートを贅沢に使って書き込んでいけ、ということ。読む意味のない本を読んで時間を無駄にすることほど人生の無駄遣いはない、という考え方に徹している。そして、選んだ本は通読と詳細読み、と二回読むことを求める。佐藤優や小宮一慶の三回読みより一回少ないが、著者の詳細読みは相当深く読むことを要求しているので、考え方としては同じと考えてよい。本書後半では例としてデリダ、フロイト、フーコー、ラカン、ドゥルーズなど普通に読んだらわからんだろう、という著者の代表的著作を取り上げ、読み方のヒントを読者に示している。
思想書に取りかかる前に、再読しておきたい本。

●本書では、とりあえず、「予備調査ー選書ー通読ー詳細読み」の四つの段階を想定しています。[略]
それぞれの段階にどれだけの時間がかかるのかは、本の難易度にもより、また、読者の本読みの速度によっても変わるので一概には言えませんが、300ページ程度で難易度が中くらいの書籍の場合を考えてみるならば、「予備調査と選書」に少なくとも約3時間、通読に4時間、詳細読みに10時間、という感じになると思われます。つまり、合計で17時間ですので、一日2時間を読書にあてた場合、およそ一週間程度かかることになります。(p.32)

●例外はありますが、有名書店の「棚」は、とてもよくできていて、眺めているだけでその分野の全体像がおぼろげながら見えてきたりします。棚見に習熟してくると、一瞥しただけで「この棚はヒドい」、もしくは「この棚は素晴らしい」ということがわかったりもするようになります。

●私たちの時間は限られています。「読むべきでない本」を読んでしまうことによる時間の損失は、私たちが思っている以上に甚大です。それは、単にその本を読むのに要した時間だけではなく、その本の悪い影響から脱するために必要となる時間も含まれるからです。ソフトウェアエンジニアの世界でよく言われる格言に、「ゴミが入ればゴミが出る」というものがあります。どんなによく出来たシステムであっても、間違ったデータが入力されれば、間違った結果が出る、という意味です。私たちの思考や精神の仕組みも同じです。頭にはできるだけ「ゴミをいれないようにする」ことが肝要なのであり、いったんゴミが入ってしまったら、それを排除するために多大な労力と時間が必要になってしまいます。「ダメな本なら読まない方がいい」というのでは不十分で、「ダメな本を読むのは、百害あって一利なし」です。ダメな本による影響で、回復不可能なダメージを受けている人がたくさんいます。「本を選ぶのに選びすぎるということはない」というほうが圧倒的に正しいと言えます。(p.47)

☆自分は一応ダメだと思っても最後まで目を通す方なので、著者とは少し考え方が違うが、言っていることはよく理解できる。

●一回目と二回目以降で、同じような読み方をするのは効率的ではありません。基本的な方法としては、一度目には通読をし、その本の全体のおおまかな地図を頭の中に作り、その地図の具体的な表現として「読書ノート」に見出しを作っていくことをお勧めします。こうすることによって、二度目以降の読みをしっかりしたものにすることができます。(p.53)

●フーコーの著作は、ある考え方の正当性を主張するものではなく、様々な概念や思考、論理を提示し、読者が自己決定することを要求するものであり、「開いている本」の典型です。開いている本を読む目的は、知識を得ることではなく、読者自身が自らの思考によって何らかの帰結を紡ぎだすことです。このタイプの本からは、何らかの結論や主張を得ることはできません。(p.97)

●複数の大学に勤務し、多くの大学の教員と親交してきた経験からすると、大学の難易度の違いや、老舗大学であるか否かなどは、そこに所属する教員・研究者の質とは、ほぼ何の関係もないと言えます。[略] しかし、研究者は基本的に質問に答えるのが好きですし、教員とは「質問に答える商売」ですから、相手さえ間違えなければ、必ずよい結果を得ることができます。さらに言えば、質問をするというのは、その相手を判断するための最もよい方法です。(pp.102-103)

●一般に「わかっている」とは、その「わかっている」ことを「使っている」人間のことです。「できる(使っている)人間しか、答えることはできない」というのは、質問する時の鉄則です。たとえば、英語を日常的に使っていない人間に、英語に関する質問をするのは愚の骨頂です。[略] 蛇足ですが、「使える」「できる」「作れる」ということと、「教えられる」ということのあいだにも、ずいぶん大きな開きがあり、「使える」からといって「教えられる」わけではありません。しかし、当然ですが「使えない」「使っていない」「できない」「作れない」人間は、絶対に教えられません。この判定は比較的簡単です。「使える」人間は、使っているところを必ず見せびらかして自慢します。「こうやるんだよ!」と「やってみせる」わけですね。「やってみせない」人間は、できないか、自信がないかのいずれかで、どちらにしても教えられるレベルをはるかに下回っています。[略] 大学以外の世界にも優秀な人間はたくさん存在しています。その判定基準は、上記の通りです。「できる人間ほど、やっているところを見せる」というのが鉄則です。(pp.103-104)

●効率よく「情報収集」するためには、目次や小見出しやちょっとした表現から「無駄である」「害になる」「必要ない」ということを感じ取り、「読まない」という選択をすることがとても重要となります。私たちに与えられている時間は限られているわけですから、どうしてもそのような方法を採らざるを得ないでしょう。(p.110)

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『コンサルティングとは何か』

『コンサルティングとは何か』
堀紘一
PHPビジネス新書、2011/5/10、¥861

前職時代、マッキンゼーやボストンといった戦略系コンサルティングの評判が、自分の周りでは今ひとつだったが今ひとつ内情がわからなかった。同業とはいえ会計事務所系と戦略系では見ているところが違うはずで、本書を読めば少しはわかるかと思ったので手に取った。まあ戦略系から見るとそうなのかな、と思っていた通りの内容で、戦略系を悪く言うのは単に顧客に使いこなす能力がないのだ、という自信に満ちている。また、本書は堀が現在経営するドリームインキュベータの宣伝色が強く、かなり割り引かないと本質を読み違える可能性がある。
とはいえ、思考自体は論理的な筋道に沿っていてコンサル以外の業種にも応用できるので、参考にすべき点は多々ある本。

●日本では、勉強や学問というと、答えを導くことが重要と考えられているが、それがまかりとおるのは受験勉強のようなレベルの話でしかない。現実社会で真に重要なのは、問題を解くことではなくて、何が問題なのかを探り当てることである。(p.7)

●未来を予測することは本当に難しいが、一つだけ言えることがあるとすれば、「未来は過去の延長線上にはない」ということ。テン、テン、テンの上には未来はないのである。戦略とは、未来に向けたものでなければ意味がない。そして、未来は変化する。だから未来の変化を見越して戦略を立てる必要がある。(p.78)

●コンサルティングの仕事の本質とは、「何が問題かを突き止め、その答えを考える」ということ。つまり、「知っていることを教える」のではなく、「考える」ことこそがこの仕事の価値なのである。(pp.96-97)

●私が常に部下に教えている「堀流」のプレゼンテーション術をお伝えしよう。
プレゼンテーションには押さえておくべき大きなポイントがある。
一つ目は文字数だ。素人がスライドを作ると、どうしても文字数が多くなる。受け手に訴求力を持って届くのは、スライド一枚あたり五行まで、一行当たり十五文字までだ。これ以上になるとまず見てもらえないし、物理的には見えていても頭には決して残らない。[略]
そして、全体の構成も重要だ。私たちの世界では、だいたい一コマ50分から60分でスライドのパッケージを作り、それを三コマで一日のプレゼンテーションを組むことが多い。[略] 一コマは四つのパーツで構成する。つまり一コマ十三分ほどになる。なぜ四つかと言えば、今の人は知らずのうちにテレビの時間配分に慣れてしまっているからだ。[略]
次のポイントは、顧客の前でどう話すかだ。
まずはスピード。聴き手が無理なく頭に入るのは、スライド一枚二分といったところだ。五十分で二十五枚。六十分なら三十枚だ。スライドの枚数がこれ以上多くなると、常にカサカサと動いているようで落ち着かない印象を与えてしまう。反対にこれ以上少なくなると、ペースが遅くなって間延びしてしまう。[略]
場数を踏んだ一流のプレゼンターが相手の反応のどこを見ているかというと、目の動きと肩の位置だ。「それはどうでもいい」「大事な話じゃない」「つまらない」と思うと、人は自然と反り返る姿勢を取る。つまり肩がプレゼンターから離れていく。
反対に、聴き手が「面白い」「これは重要だ」と思って乗ってくると、話している人に一センチでも近づこうとして、肩が自然と前に出る。肩が自然と前に出る。このように、肩の線の動きで相手の興味の度合いを計り、目の光り方でそれを確認する。(pp.126-129)

●私は、「プレゼン能力を高めたかったら、落語や講談を聞きにいけ」というアドバイスをすることがよくある。こうした話芸は、一見ただしゃべっているだけに見える。事実、コンテンツは取るに足らない。しかし、非常に高度な話す技術にもとづいて組み立てられているからだ。(p.130)

●ノートを取る技術は単純ではない。[略] 脳のいろいろな部分を瞬時に使い分ける必要がある。話の中から何が一番のポイントかをえぐり出して、その言葉を書き取るのが「ノートを取る」ということだ。ノートを取る人と取らない人では、頭の動き方が全然違う。優れた経営者の中には、いくつになってもノートを取る人が多い。イトーヨーカドー創業者である伊藤雅俊氏は、七十歳になっても、非常にまめにノートを取っていた。一緒にご飯を食べた翌日に、伊藤氏から電話がかかってくることもしょっちゅうで、「昨日の話の要点はこうこうでしたね」と、日を改めて復習までするほど熱心だった。[略] ノートを取ることで、日常的に頭を使う訓練をすることができるし、人の意見に耳を傾けるという姿勢を保つことができる。(pp.157-158)

☆ノートを取ることが重要だとわかっていても、翌日電話をして復習までするという発想はなかった。機会があればやってみたい。

●現場を知らなければコンサルティングの仕事は成立しない。[略] たとえば、今考えている戦略に具体性が欠けるとき、現場にいってみる。すると、必ずヒントがある。現場にいって、ユーザーが何に対してどのような文句を言っているか、小売店の店主が誰にどうやって商品を売っているか、そういうことを自分の目で見て、自分の耳で聞くと、必ず何かを見つけられるのだ。こうしたインタビューにもいろいろコツがあるが、とにかく現場の人に張り付いて、一緒に行動することが一番いい。(p.180)

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『憂鬱でなければ、仕事じゃない 』

『憂鬱でなければ、仕事じゃない 』
見城 徹、 藤田 晋
講談社、2011/6/13、¥ 1,365(ブックフェア¥1,090)

書店で見城と藤田のちょっと強面風の表紙写真が目を引いたのでいつか読みたいと思っていたところ、ブックフェアで2割引で販売していたので購入。
対談本というのはお手軽に作れるため内容が薄いことが多く今回もあまり期待はしていなかったが、今年読んだ中では一二を争う大当たりだった。手書きで書かれた仕事や人生に対する見城の信条と説明の後、藤田がそれに対してさらにコメントを書く、という方式で、単純な対談本ではない。二人の経験に裏打ちされた言葉に力が宿っていて、読んでいると自分の心も燃えてくる。『編集者という病い』で書かれている言葉も多いが、それだけ見城の血となり肉となっている言葉だということの証明だろう。ぜひ繰り返し読みたい本。ただ一カ所校正漏れのため意味が通らない部分があったのが大変残念。

●苦境こそ覚悟を決める一番のチャンス [略]
[見城] 苦境に立たされると、人は腹を括り、覚悟ができる。腹を括るという行為は、長い人生の中で、一度きりのものではない。辛酸をなめると、そのたび、一つ覚悟ができる。その積み重ねが人間力を作り、ぶれない経営者を育てるのだ。(pp.64-67)

☆できれば腹を括る経験をしたくないと思う自分はまだまだ甘いのだろう。

●これほどの努力を、人は運という [略]
[見城] 結局、人は自分のスケールでしか、物事をはかることがでいない。圧倒的な努力は岩をも通す。そのことを彼らは知らないのだ。(pp.70-73)

☆人に運がいい、と言われる努力をしてみたいものだ。

●ふもとの太った豚になるな 頂上で凍え死ぬ豹になれ [略]
[藤田] 凄く過激な言葉だけど、安定を求める会社はたいてい衰退してしまうというのは事実です。立ち止まったら終わりなのは、世界が常に変化し、動いているからです。歩みをやめたものは、自分では止まっているだけのつもりでも置いて行かれてしまう。[略] 努力して、成長し続けている会社は、外から見ると、安定しているように見えるものです。でも、それは錯覚にすぎません。静止して見える独楽が、実際は素早く回っているようなものです。(pp.84-87)

●憂鬱でなければ、仕事じゃない [略]
[見城] 僕は、朝起きると、必ず手帳を開く。自分が今、抱えている仕事を確認するためだ。そして、憂鬱なことが三つ以上ないと、かえって不安になる。ふつう人は、憂鬱なこと、つまり辛いことや苦しいことを避ける。だからこそ、あえてそちらへ向かえば、結果はついてくるのだ。 [略] 「迷ったときは、やめておく」という人がいるが、僕はそれとは正反対だ。「迷ったときは、前に出ろ」これが僕の信条だ。迷った時こそ、大きなチャンスだ。迷わないものは結果が小さい。(pp.88-91)

☆タイトルになるだけあって、本当に心に突き刺さる言葉。

●初対面の相手と、カラオケに行くな [略]
[見城] とくに編集者は、相手の作品について語らなければならない。作家なら、作品をきちんと読み込んで批評し、作家自身が気づいていないことを指摘する。歌手ならアルバムを聴きまくって感想を言い、女優ならできる限り出演作を見て、そこでの演技の話をすべきである。会社の取引相手でも同じ事だ。努力すれば、話はいくらでもつくれる。(pp.114-116)

☆人と会うときに通り一遍の会話で済ませようとしていないか、よく考えなければいけない。

●顰蹙は金を出してでも買え [略]
[見城] 常識というのは、その業界のリーディングカンパニーが作ったものだ。それを崩す一番シンプルな方法は、外から風穴を開けることである。崩される側は、守勢になり、やがて悲鳴を上げ始める。つまり、顰蹙とは、くずおれる者の、悲鳴にほかならない。(p.166-169)

●勝者には何もやるな [略]
[見城] 僕は今でも、社長室のデスクと自宅の書斎に、「勝者には何もやるな」と書いた紙をはっている。圧倒的な努力を傾け、とてつもなく高い壁を乗り越えたとき、僕は何の褒美もほしくない。また、褒美を前提にする努力など、努力とはいえないと思う。[略] 「俺はまだ闘える」と思えること、それだけが大切である。(pp.198-201)

●ノーペイン・ノーゲイン [略]
[見城] 自分の力で獲得した結果であっても、そのことに寄りかかって生きることは、自分を堕落させる。それをゼロに戻してこそ、そのつぎのいきいきとした生の実感が味わえる。自分には届かないものをあえて選んで、それに届くように圧倒的努力をすればいいではないか。(pp.204-206)

●スポーツは、仕事のシャドー・ボクシングである
[見城] 思考は、思いのほか、生理に影響されるものだ。それは、経験的に誰もが知っている。いい考えを持ちたければ、肉体をコントロールしなければならない。(pp.210-211)

☆週に6日、ジムに通うというのは、生半可な気持ちではできない。ほとんど修行に近い。

●男子たるもの、最後の血の一滴が流れるまで、戦い抜け [略]
[見城] 2010年、僕の還暦の誕生日に、京都造形芸術大学と東北芸術工科大学の理事長徳山詳直さんから、こんなお祝いの電報をいただいた。
「『男子たるものは、一度戦って負けても、やめてはならない。二度目三度目の戦いの後でも、やめてはならない。刀折れ、矢尽きてもやめてはならない。骨が砕け、最後の血の一滴まで流して、初めてやめるのだ。—新島襄』誕生日おめでとう」(pp.228-230)

☆この言葉もすばらしいが、MBOで苦境に立たされている見城の状況にぴったりの言葉を贈る、徳山氏の見識を見習いたい。

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『新人OL、つぶれかけの会社をまかされる』

『新人OL、つぶれかけの会社をまかされる』
佐藤義典
青春出版社、2010/10/10、¥1,080

元大学ESSディベーターで現在経営マーケティングコンサルタントの佐藤氏の著書。

新人OLの売多真子(うれたまこ)が、つぶれかけのイタリアンレストランを二ヶ月で立て直す、というストーリーに沿って、マーケティングの基礎を学べるようになっている。大変分かりやすく、読みやすく書かれているが、内容は理論に基づいたしっかりしたものとなっている。

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『涼宮ハルヒの驚愕 初回限定版』(前・後)

『涼宮ハルヒの驚愕 初回限定版』
谷川流
角川スニーカー文庫、2011/5/25、¥1,260

『分裂』によってわかれた世界がどのように統一されるかを描く四年振りの新刊。前後2巻からなり、初回限定版には付録『涼宮ハルヒの秘話』がつく。

α世界では日常は平穏に流れ、新キャラ渡橋泰水(わたはしやすみ)がハルヒの課す過酷な入部試験を通過して入部してくる。β世界では佐々木団によるSOS団への干渉が激化し、天蓋領域の攻撃により倒れた長門に代わり、統合思念体側は黄緑さんと、まさかの朝倉復活。その後もそれぞれの世界は別々に進行し、最後に部室で対決の時を迎える。

未来人、宇宙人、超能力者たちがこれだけ複雑に入り組んだ世界をよくなんとかうまくまとめたものだ、と感心する。おそらく細かく見れば小さな破綻はあるのだろうが、パラレルワールドの説明も一応されており、大きな瑕疵はない。著者もまだシリーズを続けるつもりなので、今後も楽しみにしたい。

付録は、キョンと佐々木の中学時代のエピソードと、編集部内の様子などが記載されている。

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『「また会いたい」と思われる人の38のルール』

『「また会いたい」と思われる人の38のルール』
吉原 珠央
幻冬舎、2009/10/10、¥ 1,365(BO¥700)

イメージコンサルタントの著者による自己啓発本。新刊で発売当時、書店で平積みになっていて興味はあったが、定価で買うのはためらわれたので、古本に出るまで待っていた。
また会いたい、と思われる人になるための方法として、考え方のルール、見た目のルール、行動のルール、という3パートにわけ、それぞれ小項目で合計38のメソッドを提示している。

話を聞いてもらえることに感謝していますか?[略] 誰かがあなたとコミュニケーションを取っているその瞬間は、相手の人生の時間を自分に使ってもらっているんだと認識することに大きな意味があるのではないかと思うのです。(pp.48-49)

さて、口角を引き上げるのになぜ5ミリなのか……。それは、相手に「この人は笑顔だ」と認識してもらえるための最低数値だからです。[略] 知っておきたいのは、自分が感じる「笑顔」と、人が感じる「笑顔」のものさしはきわめて違うという事実です。[略] 自分では「しているつもり」でも、相手にちゃんと伝わっていないことが多いのです。だからこそ、自己満足に浸らず、現状の笑顔レベルに「プラス30%!」を実行してみるのです。(pp.106-108)

私が、3つだけ「健康的でエネルギーを感じる姿勢」のポイントを挙げるとしたら以下の通りです。
1) 両足のかかとをつけて足と背中をまっすぐに伸ばす
2) 肩を開く
3) 顔を上げる
最低限、この3つを覚えていただけたらOKです。では、先ほどの3つのポイントが完璧にできた方へは次のステップを紹介します。
1) お尻に力を入れる(腰をそらせたり、おなかが出ないよう)
2) あごを正面より1〜2センチ内側へ入れる(目力がアップする)
3) 指先を自然に伸ばす(男性は手をズボン脇の縫い目におく、女性は重ねてへそよりやや上)
姿勢が変わるだけで、おおらかさ、知性、経済力、ポテンシャルなどの印象レベルが上昇して見えます。(pp.114-115)

目を合わせるだけでなく、目元や視線を観察するようになると、相手の正直な気持ちや、深い心理、さらには相手が喜んでくれそうな話題のトピックが生まれることもあるのです。(p.118)

実は普段あまり意識がいかず、ノーマーク状態の「手癖」「足癖」にこそ、その人の本当の品性が表れるのです。(p.123)

私がイメージコンサルタントの勉強を始めて、大変印象に残っていることの一つが「ビジネスファッションは相手のために装う」という、極めてシンプルですが、的を射た学びでした。[略] シンプルに言うなら「採用される側」と同じものを見ているとしても、「採用する側」のほうは10倍ズームで見るほど、相手を細かく観察しているということです。(pp.128-129)

日本ではほめられて「ありがとう」を言える人が極端に少ないように思います。[略] たとえば、年に一回アメリカで開催されるイメージコンサルタント協会の国際会議でのことです。私がある後援者に「あなたのセッションは非常に役に立ちました。ありがとうございます」と伝えたところ、彼女は私に「講演を真剣に聞いてくれてありがとう。また楽しんでいただけて光栄です。あなたはどこの国のご出身?黒髪が素敵ね」など、必ずお礼を先に言うのです。しかも、彼女の場合は、相手(私)への配慮も忘れずに質問をして興味を示して、ほめ返しまでできてしまう頭の回転の速さを感じるとともに、フレンドリーな印象も持ちました。
実際には、相手をほめることに対して本気度が低い場合もあるでしょう。でもそんなことは関係ありません。低かろうが高かろうが、せっかく相手が言ってくれたすばらしいほめ言葉に対して、「ありがとう」を言うべきなのです。なぜならば、ほめる人も「ほめる理由」を探すのがそれなりに大変だからです。(pp.142-143)

品格がある人たちに共通する10の習慣
1. レストランや電車、タクシー、エレベーターなどでは具体的な固有名詞を使った噂話は控えている
2. 会話をしながら街を歩いているときには、「見られている」「聞かれている」ということを意識して態度や言葉を選んでいる
3. レストランで食事をしているとき、ほかのテーブルの客との距離感や雰囲気を感じながら、声の大きさや笑い声に気を配っている
4. 相手との会話では「怒り、愚痴、妬み」は話さない
5. 業務内容やクライアント情報などの守秘義務を徹底し、プライベートでも口外しないと約束した大事なことを外では一切話さない
6. 周囲に人がいれば、相手へのプライベートの具体的な質問はさけるようにしている(住所、収入、家族の病気など)
7. 店でサービスを受けるときには、店員への対応を丁寧に品よくしている
8. 人前では「舌打ち、ため息、あくび、のび、肘つき」をしない
9. 常に相手の行動を観察して、ケアができている(相手のためにドアを開けてあげる、荷物に気を配る)
10. 待ち合わせには、相手よりも早く着いて待つことができる(p.171)

私が、年間で1000名以上の研修受講者やクライアントとお会いする中で実感しているのは、「説得力がある」と思われる人には、「表情にメリハリがある」「表情が豊かである」という共通点があることです。(p.200)


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『リアルのゆくえ──おたく/オタクはどう生きるか』

『リアルのゆくえ──おたく/オタクはどう生きるか』
東浩紀、大塚 英志
講談社現代新書、2008/8/20、¥903(BO¥400)

東と大塚の対談をまとめた本。それぞれの考え方があまりにもかけはなれていて、対談とはいいながら、ひたすらすれ違う。大塚は「批評家としての責任を明らかにせよ」「主体を重視せよ」と一貫して問いかけるが、東は「好きだからやってるだけだし、責任とか関係ないし」「主体なんかないし」といった逃げを打つだけで、これが延々と繰り返される。業を煮やした大塚が、時には人格攻撃の領域にまで踏み込むほど、東の批評家としての姿勢、公共性に対する姿勢はひたすらに無責任を貫く。それぞれに興味深い議論はあるが、対談本にする意味があったのか、はなはだ疑問。

[東] 話を大きくすれば、20世紀の半ばぐらいに、ひとは無意味なものでも感動できてしまうのだ、文化とは結局のところ脳の生理的反応のことなのだ、というパンドラの箱が開かれたんだと思います。たとえばいままで宗教的な悟りだと考えていたものが、ドラッグによっても実現可能だと分かってしまう。日本のオタク系文化もアメリカのハリウッド映画も、規模や見え方こそ違うけれどその基本的な変化は共有していて、オタクであれば萌え要素の組み合わせと物語の定型によって、ハリウッドであれば視聴覚的な刺激と物語の定型によって、かつて「感動」と呼ばれていたもののかなりの部分まで置き換えることができる、そういう信念のもとに動いている文化ですよね。それがいいか悪いかの判断はともかく、21世紀もますますそんな時代になることは間違いないでしょう。(p.54)

[大塚] 占領軍の連中は図書館でワイマール憲法から何からリサーチしてきて、そのエッセンスをまとめて、いわば究極の憲法を作ろうともしていた。それが日本国憲法の基調にあるので、決定的な無国籍性と普遍性をいまの憲法は持っている。(p.72)

[大塚] 『ガンダム』はガンプラファンが気がつこうが気がつくまいがパレスチナの話を昔からずっとやってる。なんで北部同盟だかタリバーンだかにシャーっていう人がいるのかって、そこで気がつく子はやっと気がつく。(p.156)

[大塚] あさりよしとおがまんが版の解説で、『エヴァ』はビルドゥングスロマンとしてよいのではないかと書いていて、ぼくもある時点まではそうだと思っていたわけ。ところがある瞬間に庵野は自分の中に主題が発生してしまったことに対して、驚いたのか怯えたのかわからないけど、主題に必死に抵抗していった。それでひたすら破綻していって、ぼくが映画版の最後をあきれながらだけど評価するのは、結局最後までシンジはエヴァに乗らないわけだよね。ロボットに乗って、責任を引き受けるという少年の成長の結末を庵野は身体を張って拒否した。その主題からの身体を張った逃亡ぶりは『エヴァ』の真の主題だと思う。(p.169)

東 その点では、大塚さんとぼくで考えが違うということですね。
大塚 だから違うから話すわけでしょう。さっきから思うけれど「違う」でスルーすべきではない。(p.283)

[東] そもそも、ポストモダニズムというのは、政治的には本質的に現状肯定しかできないロジックのはずです。なぜなら、それはあらゆる理念を脱構築するからです。それなのに、なぜかポストモダニズムがアイデンティティ・ポリティクスとかカルチュラル・スタディーズと結びついて、左翼のラジカルな議論がポストモダニズムによって支えられるようになってしまった。でも、それは本当は無理なんです。どうしてそんな無理をして政治化しなくてはいけないのか。むしろポストモダニズムの言説の毒というのは、政治性や主体性の議論を無効にするところにあるのではないか、その毒をもっとちゃんと引き受けた方がいいんじゃないの、というのがぼくの批評のスタート地点にあります。むろん、それをすべて忘れて「公共的な言論人」のふりをすることはできる。多くのポストモダニストがそれを選んでいる。でも、それこそが無責任なのではないか。(pp.292-293)

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『涼宮ハルヒの分裂 』(再読)

『涼宮ハルヒの分裂 』
谷川流
角川スニーカー文庫、2007/4/1、¥540(L)

『涼宮ハルヒの驚愕』が出たのを機に再読。本書は、『驚愕』に続く前編といった位置づけで、本来『分裂』出版後すぐに出るはずだった『驚愕』が4年も出なかったため、すっかり内容を忘れてしまったので復習のために読み返した。

キョンが中学時代の親友佐々木と再会したことからハルヒの閉鎖空間が再び頻発するようになる。その後佐々木は古泉とは別路線だが同等の能力を持つ橘京子、みくると同等の未来人藤原、長門に対応すると思われる周防九曜をキョンに引き合わせ、佐々木がハルヒと同じ能力を持つ人間だと告げられる。
そこから、αとβ二種類の物語に分裂が始まり、『驚愕』に続く。

新キャラ登場で物語が複雑になり、ここからどう収めていくのかが著者の腕の見せ所となる。ラノベやアニメの世界で四年のブランクは長く、すでに一時のブームは去っているように思うが、それはそれで、落ち着いて『驚愕』を読めるので楽しみ。

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『“文学少女”と死にたがりの道化』

『“文学少女”と死にたがりの道化』
野村美月
ファミ通文庫、2006/5/10、¥588(L)

文芸部3年天野遠子は、読んだ本を食べる自称"文学少女"。一年前無理矢理入部させられた井上心葉は、彼女のためにおやつを書く。シリーズ第一作の本書は、太宰治の『人間失格』をモチーフに、十年前に起きた事件と、さらに現在起きている事件を絡ませながら描いている。

十年前の事件の当事者と、心葉の容貌が似ていることが一つの鍵になっているが、十年も経ってからしかも本人でないことがわかっている人間を見たことが引き金になって新たな事件を起こそうと思うものだろうか、とかなり疑問に感じたが、まあラノベで中高生対象ならこれでオッケーなのだろう、ととりあえず自分を納得させた。しかし、同タイトルのアニメのレビューにも書いたが、かなりの厨二展開で、すでに中年も後半にさしかかろうかという自分には読み通すのはかなり辛かった。

「本を食べる」という行為は、もちろん「読書を血肉としたいほど愛している」ということを寓意しているのは理解できるが、それは別の見方をすれば本に対する冒涜と捉えることもできる。真の文学少女であるならば、本を大切にして何度でも読み返すのが王道で、同じ読書狂を描くのであれば、『R.O.D』の読子に自分は共感する。

時間があればシリーズ続編も読もうかとは思うが、どうしても読みたいとまでは思わない、評価が難しい本。

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『辺境・近境』

『辺境・近境』
村上春樹
新潮社、1998/04/23、¥1,470(借)

瀬戸内海に浮かぶ個人所有の無人島からす島で寝泊まりしたり、メキシコで武装警察が乗り込むような危険地域をバス旅行をしたり、うどんを食べにいったり、ノモンハンの戦場を中国側とモンゴル側両方から見に行ったり、アメリカ大陸を車で横断したり、といった道中を描いた旅行記。なかなか普通の人ではやらないような旅行をしていて、自分ではとても真似のできないことなので、うらやましく読んだ。奥様が一緒に旅行を続けることに叛旗を翻したところなどは、夫婦の仲が垣間見えて、微笑ましく思った。

僕らは日本という平和な「民主国家」の中で、人間としての基本的な権利を保証されて生きているのだと信じている。でもそうなのだろうか?表面を一皮むけば、そこにはやはり以前と同じような密閉された国家組織なり理念なりが脈々と息づいているのではあるまいか。僕がノモンハン戦争に関する多くの書物を読みながらずっと感じ続けていたのは、そのような恐怖であったかもしれない。この五十五年前の小さな戦争から、我々はそれほど遠ざかってはいないんじゃないか。僕らの抱えているある種のきつい密閉性はまたいつかその可能な圧力を、どこかに向けて激しい勢いで噴き出すのではあるまいか、と。(p.140)

でもただひとつだけ、僕らはそのような無名的モーテルから別の無名的モーテルへと泊まり歩きながら、アメリカにおけるモーテルについての貴重な教訓を学んだ。それは「温水プールのついているモーテルには泊まるな」ということである。なぜならまず第一に、街道モーテルの温水プールなんて、狭くて(だいたいにおいて)水が汚れていて、とてもまともに泳げた代物ではないからだ。第二に、建物の中に温水プールがあるために(ほとんどの場合、屋内中庭に設置されている)、建物じゅうが湿気を含んでもわっとしているからだ。(p.205)


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『うずまき猫のみつけかた』

『うずまき猫のみつけかた―村上朝日堂ジャーナル』
村上春樹
新潮社、1996/05/24、¥1,890(借)

『やがて哀しき外国語』の続編。そうはいいながら、村上が自分で述べている通り、前著とはだいぶ趣が違い、適度に緩んだ本になっていて、アメリカ生活を楽しんでる感じがよく出ている。今まで読んだ中では、奥様の話が結構出ていて、意外に思ったのと、安西水丸さんの挿絵と奥様の撮った写真が豊富で、それも一つの魅力になっている。非常に気軽に楽しく読めたので、できれば再読したい。

小説を書くというのは、だいたいにおいて地味に寡黙な仕事なのである。[略] 「でもね、作家があまり健康的になってしまうと、病的な暗闇(いわゆるオブセッション)がからっと消えてしまって、文学というものが成立しないのではありませんか」と指摘する人も中にはいる。しかし僕に言わせていただければ、「それくらいで簡単に消えてしまうような暗闇なら、そんなものそもそも最初から文学なんかになりませんよ」ということになる。そう思いませんか?だいたい「健康」になるというのと、「健康的」になるというのは、これはぜんぜん違う問題なのであって、この二つを混同すると話がちょっとややこしくなる。健全な身体に黒々と宿る不健全な魂だってちゃんとあるのだ—と僕は思う。 というわけで、この本の基本的メッセージは「一に足腰、二に文体」です。それがどうしたというものでもないんだけど、とりあえず。(p.009)

ところでその後[ニクソンの死後]でニクソンの死を報じる雑誌を読んでいたら、彼が日頃口にしていたというこんな言葉が載っていた。
"Always remember, others may hate you, but those who hate you don't win unless you hate them."
「このことをよく覚えておきたまえ。もし他人が君を憎んだとしても、君が相手を憎み返さない限り、彼らが君に打ち勝つことはないんだよ」とでも訳せばいいのだろうか。シンプルだけれど、なかなか味わいのあるいい言葉だ。僕はこれを読んで「ああこの人もこの人なりに苦労をしたんだな」と思った。(p.026)

僕は学校を出て以来どこの組織にも属すことなく一人でこつこつと生きてきたわけだけれど、その二十年ちょっとのあいだに身をもって学んだ事実がひとつだけある。それは「個人と組織がけんかをしたら、まず間違いなく組織のほうが勝つ」ということだ。(p.065)

ひどい場合には、長い間アメリカに住んでいると日本語がおかしくなるだろうと決めつける人までいる。たしかに新しい流行語みたいなものには疎くなってくるけれど、でもそんなもの知らなくてもとくに通用は感じないし、だいたい日本に住んでいたって流行語のことなんかほとんど知らないのだ。それにたかが四年や五年国を離れたくらいで母国語が狂ってきたら、そもそも作家なんかやっていられないだろう。「まあ少しくらい日本語が狂ってきても、それはそれでいいじゃないか」と個人的には思わなくもないけれど。(p.100)

でも文章を書く時でもそうだけれど、人間いつもいつも調子がいいとは限らないものである。長くやっていれば、山もあれば谷もある。調子の悪いときは悪いなりに、自分のペースを冷静に的確につかんで、その範囲でなんとかベストを尽くしてやっていくというのも、大事な能力才能のひとつであろうと思う。そんなに無理をしないで、首をすくめてこつこつとしのいでやっていれば、そのうちにまた少しずつ調子は戻ってくるのだから。トシのせいか、僕も最近はだんだんそういう巨人の落合選手的な心境になってきた。(p.185)

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大沢在昌 講演『デジタルと紙が併走する時代』

11/07/07
演題:『デジタルと紙が併走する時代 〜作家が考えること、できること』
講師:大沢在昌
主催:東京ブックフェア

東京国際ブックフェアの基調講演。
最近電子書籍関連でIT企業から印刷会社まで幅広く出展しており、
また、本が20%オフで買えることもあり、趣味と実益を兼ねて見学に行く。
今回も招待券が送られてきて、無料講演なので聴講した。

・震災被災地の書店は現在バブルで、大変よく売れている。
 今売れているのは震災関連の本。 ex.震災の写真集
 →被災者はこれまで自分の回りで起きたことしかわからず、
  ようやく今全体像はどうだったのか知りたいという余裕が出てきた。
・2010/2〜2011/4までほぼ日刊イトイ新聞に新宿鮫の10冊目を連載。
 →連載することで紙の売れ行きも向上することを期待。
  シリーズが長くなると、読まない人が増える。敷居が高くなり新規読者が増えない。
  紙の連載では反応がほとんどないが、ほぼ日では感想メールが沢山来た。
  →新しい読者の開拓に成功。

・電子書籍と書店の現場
 ・今は本が多すぎる。→何を買って良いか分からない。
   書店員もバイトで知識がない。
   →書店員のプロ化が唯一の解決策。
  今東北では家族全員で本を大人買いしている。
   住宅事情が違うこともあるが、東京ではある程度処分せざるを得ない。
   →ブックオフが栄えて新刊書店が苦しむ。
 ・電子書籍の専用端末を買う人は、沢山DLする人という統計がある。
  →リーダーが爆発的に売れるのではなく、気がつくと2割の人が
   持っている、というイメージ。
 ・出版社の電子書籍への対応は防衛的で、本気に見えない。
   関係者が利益を生む体制ができて、本気で電子書籍で稼ぐことになれば
   みんな電子を買うようになり、ブックオフは駆逐される。
 ・電子書籍と紙の本は別のマーケット
   電子に喰われるよりブックオフに喰われる方が被害が大きい。
 ・電子書籍で読者の動線を作ることが重要。どうすればよいかまだ分かっていない。

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