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『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』

『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』
ウンベルト・エーコ、ジャン=クロード・カリエール、ジャン=フィリップ・ド・トナック(進行役)、工藤妙子 (翻訳)
阪急コミュニケーションズ、2010/12/17、¥ 2,940(八重洲BC)

八重洲ブックセンターの新刊書のところに黒い表紙で目を引いたので買った。
エーコとカリエールの対談形式でインキュナビュラから電子書籍まで、珍本稀覯書や人類の記憶といった幅広い話題について彼らの知識を駆使して語られる。まさに碩学という言葉が当てはまる二人なだけに、ほとんどついていけない。原書タイトルは「本から離れようったってそうはいかない」(p.452)とのことで、必ずしも日本語タイトルのように電子書籍に置き換わる、といった単純な内容ではなく、単に本好きの爺二人が喋りたいことを喋った、という感じ。
書物は、発明された瞬間に完成されたもので、それ以上発展の余地のないものだ、というのが二人の持論。

エーコのなぜ本を読むのかの理由が、今まで漠然と自分が感じていたことと同じで感動した。また、本書を読んで、古本にさらに興味がわいた。

エーコ:子供の頃、近所に住んでいた女性が毎年クリスマスに本をくれました。あるとき、その人に訊かれたんです。「ねえ、ウンベルトちゃん、あなたは本に何が書いてあるか知りたくて本を読むの?それとも読むのが好きだから本を読むの?」。そして私が認めざるをえなかったのは、読んでいる本にそこまで興味がなかったときもあったということです。私はただ読むのが好きだったから、何でもかんでも読んでいたんです。これは子供心にも衝撃的な大発見の一つでしたよ!
カリエール:人生を愉しむことが人生の目的になりうるように、読む愉しみそのものが読書の目的になることもあるんdねすね。ただ映像が観たいから、つまり何かしら動いているのが観たくて映画館に行く人たちもいますよ。映像の中身や物語なんかは、しばしばどうでもいいんですね。(pp.374-375)

カリエール:インドの場合は、また事情が違います。たしかに聖典は存在しますが、口承で伝わっていることのほうがずっと強い威信を帯びつづけています。口承で伝わったことのほうが、今日でも、より信頼性が高いと見なされているんです。なぜでしょうか。古代の歌や詩はグループで詠唱されるものだったんです。グループで詠唱する場合、誰かが間違えても、他のメンバーがいますから、間違いを指摘してやることができます。したがって、先年近く続いてきた口承で伝わってきた偉大な叙事詩は、写字室で僧侶たちが手書きで古文書から書き写した西欧の聖典より正確なのです。手で書き写す場合、前任者の書き間違いはそのまま引き継がれますし、書き写されるたびに、新しい間違いも加わっていったでしょうからね。(P.390)

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