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『心臓に毛が生えている理由』

『心臓に毛が生えている理由』
米原万里
角川文庫、2011/4/23、¥580(八重洲BC)

色々な媒体に書かれたエッセーを集めたもの。時期も媒体も異なるため、まとまった印象の本ではない。
米原が他の著作で深く述べている思想の表面的な概略を知るにはよい。
特に、本書には「『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を書いた理由」と「対談 プラハ•ソビエト学校の少女たち、その人生の軌跡」という項目があり、同書を読むのと同時に本項を読むと、より深く彼女の小学校時代を追体験することができるだろう。

一流ホテルに宿泊し観光名所だけ廻っていれば名誉白人扱いされるので気づきにくいが、その枠を超えて踏み込もうとしたときに必ず突き当たる壁だ。東洋人に対する[ポーランド、チェコ、ハンガリーの]冷酷な仕打ちは西欧のどの国よりも露骨な気がする。(p.59)

ちなみに茸中毒による落命者リストには、カリグラとネロという二人の暴君の狭間にローマ皇帝となったクラウディス帝、英国王ヘンリー八世を破門したローマ教皇クレメンス七世、フランス王シャルル六世等錚々たる人々が連なる。なお、メジチ家とボルジア家というルネサンス期を代表する両名家秘伝の毒薬リストにももちろん毒茸は含まれていた。
「先生、どの茸も食べられますか」
「もちろん、どの茸も食べられますよ。ただ、茸によっては、一度だけしか食べられないものもあります」
というわけである。くれぐれもご用心を。(pp.75-76)

 比較文学者の平川祐弘先生が、「せれね」という新聞の本[2002]年一月一日号に掲載されたエッセイを送ってくださった。[略]
 日本人を含めてなべて東洋人が口べたなのは、「昔から科挙などで筆記試験に慣れてきたせいだろう。それに反し、西欧人は口頭試問で鍛えられてきた」と、ここまではわたしと同じ論旨なのだが、平川先生は、「それは紙が少なかったからだ」という。西洋では紙が非常な貴重品で、「第二次世界大戦中の米国兵は一日一回四片の割り当て」「一八世紀に来日した西洋人は日本人が和紙で鼻をかんで捨てるという贅沢に一驚している」。「ケンブリッジ大学で筆記試験が始まったのは、数学は一七四七年、古典は一八二一年、法律と歴史は日本暦の明治五年にあたる一八七二年とたいへん遅い」というのだ。
 通訳は、[略] 論理的な文章はかなり嵩張ったとしてもスルスルと容易に覚えられるのに、羅列的な文章には記憶力が拒絶反応を起こすのだ。
 要するに、論理性は、記憶の負担を軽減する役割を果たしているわけで、文字依存度が高い日本人に較べて、それが低い西欧人の言語中枢の方が論理的にならざるを得ないのではないだろうか。(pp.125-126)

たしか塩野七生さんが、アラン•ドロンの食卓マナーがあまりにも完璧なことが、かえってその出自の卑しさを証している、マナーを自家薬籠中の物にした人はもっと崩すものだ、というようなことをエッセーの中で述べているのを思い出した。

帰国子女のわたしには、まだきちんとした正しい日本語が精一杯。それをくずせるほどまでには身についていないということなのだと、深く肝に銘じたのだった。(p.130)

金田一春彦先生によると、日本では伝統的に、家族の中の最も幼い者の立場から家族の成員の呼称が決まって来るということである。(p.146)

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