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『千里眼』

『千里眼』

松岡圭祐
小学館文庫、2000/4/1、¥657(BO¥400)

元航空自衛隊F15パイロットでカウンセラー岬美由紀は、横須賀基地から発射されようとしているミサイルを阻止するために、上司の友里佐知子と共に米軍基地へ赴く。その裏で進行する恒星天球教の陰謀にまきこまれ、解決すべく活躍する。

カウンセリングや人の表情からその考えを読んでいく、という『催眠』でも用いられたテクニックを駆使したストーリーは、著者の得意な分野なのだろう。しかし、あまりに使いすぎると少し信憑性に欠けるきらいがあるので、もう少し控えめにしたほうがよかったと思う。また、後半の恒星天球教の教祖が登場してからの展開は、ちょっと現実離れしていて少し残念。

友里はそっけなくいった。「わずか三秒で深いトランス状態に入る自己催眠法。つまりたんなる入浴ね」[略] 「たしかに自立訓練法が時代遅れだっていう、あなたのお考えは正しい部分もあります。シュルツが自立訓練法を考えだしたのはずっと昔のことです。その当時は人間に取って最もリラックスできる行為、すなわち入浴というものがいつでもできるわけではなかった。すきなときにお湯をわかし、すきなだけ入ることができなかった。だから解消しないストレスもあった。でも現代ではちがうんです。お風呂に入ることで、最大限に深いトランス状態に入ることができるんです。たあみんながそのことを、意識していないだけの話です」(pp.247-248)

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第159回TOEIC結果

10/11/28
第159回TOEIC
Form: 4GIC25
Score: L495 R495 T990
LAM: 100 100 100 93
RAM: 100 100 100 96 100

Listeningはパート3/4で3問誤答。今回一文3問完全に頭に入らなかった問題があったので多分それ。
Readingはパート5の語彙問題で1問誤答。oversight=omitが正解の問題で、supervisionに釣られた問題。
合計4問誤答。

今回もそれほどできたという感覚はなかったが、結果として990点となった。5月に985点を取ったことで今年の目標にした990点を年内に達成したので一安心。

TOEIC対策として、前回5月に続きReadingは澄子本の間違えたところを復習、Listeningは公式を繰り返し聞いた。公式問題集の3、4を再度まわして、間違えた問題やTOEICに独特の使われ方をする単語の意味など不明点をつぶした。

今回TOEIC向けに新しくやったことは、『新TOEICテストBEYOND990超上級問題+プロの極意』を一度流した程度だが、オタクすぎる内容で、役に立ったと言ってよいのか自信がない。が、990点取れたのだから、多分役に立ったのだろう。ただ、本書の言う1200点をとる実力は自分にはないことは明らか。著者のヒロ前田氏は神戸大学ESSの元ディベーター。

今年2回受験して思ったことは、TOEICは英語のテストではなく、事前のTOEIC対策情報収集能力+本番の情報処理能力のテストだなあ、ということ。

前者については、新TOEICで990点を取り続けている人たちのブログ、たとえばTOEICオタクのブログTOEIC対策 疑問ひたすら100連発 by ヒロ前田を見て傾向と対策を掴んだこと。それから、直近数年の新TOEICの傾向変化を反映した参考書、1日1分レッスン!新TOEIC TEST千本ノック!3 (祥伝社黄金文庫)などのいわゆる「澄子本」シリーズ5冊をまわして文法の弱いところを掴んだこと。リスニングは本番のspeakerの英語に慣れるため公式を聞くのが最善の対策であると知ったこと。
後者の本番対策としては、試験一時間前のユンケル、マークシート用シャーペンの利用、リスニング問題の先読み、リスニングパート中は印だけつけてリスニングが終わったところで全部マークする時間節約法などを実践したこと。

最近のTOEICはビジネスに特化した内容になっているので、必ずしも一般的な英語の実力を反映するテストにはなっていない。それに関連して、新TOEICの傾向変化は非常に大きいので、直近の傾向に対応したなるべく新しい参考書を探すことが必要で、特に、旧TOEICから新TOEIC移行直後に出版された参考書はほとんど役に立たない。

これらの情報を事前に収集し、正確な対策を取ることが重要なテストだということを実感した一年だった。

今回990点取れてないと思っていたので、次回1月に向けて『TOEIC(R)テスト新・最強トリプル模試3』を正月にやろうと思って購入していたが、どうするか少し迷う。

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『企画書は1行』

『企画書は1行』
野地秩嘉
光文社新書、2006/6/20、¥700(BO¥350)

やりたいこと、自分の思いをできる限り短く、1行にまとめ、相手に「面白い企画だ、それをやろう」と言わせる。それがよい企画書というのが著者の主張で、様々な分野の人物を取材して例を挙げる。
本書のキャッチコピー「できる限り短く。本当にやりたいことを書く。その一点に想いを込める」は、それ自体が一行の企画書になっていて、とても説得力がある。
本当にやりたいこと、伝えたいことは一行、一言で言えるはずなのだ、ということだろう。

「2004年の3月まで放送していた『お厚いのがお好き?』という番組があります。世界が最も難しい本を、世界で最も易しく読み解くテレビ番組と銘打ち、マルクスの『資本論』、プルーストお『失われた時を求めて』、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』といった、僕のまわりでは誰ひとり読んだことのないような分厚い本を解説する番組でした。その企画書を書くとき、僕は最初の一ページに渾身の力を込めました。しかも、言いたかったことは、たっだ一行。 『君はキルケゴールも読んだことがないのか?』[略] もちろん僕自身もキルケゴールなんて誰ひとり読んでるはずがない。しかし、この一行はインパクトがあった。みんな、一瞬、シーンとなって、そのうちに誰が言うでもなく、この企画やろうか、となった。[略]」(小山薫堂、放送作家、pp.10-11)

膨大な経費と時間がかかる場合は別として、試作品を提示した方が企画を通すには早道と思える。いくら立派な企画書であっても、すべてを文書で乗り切れるわけではない。(p.54)

「私の企画書はすべて新商品の開発です。けれども、新商品といっても、モノだけを考えていてはイメージは膨らみません。出来上がった商品を使うシーンを思い浮かべることから始めます。
そのためには、まず私自身がお客様になってみて、商品と一緒にいる場面を想像します。性別、年齢、職業、環境、すべての面で別人格となって、新商品を飲む人間になりきるのです」(和田徹、キリンビール、p.54)

「私には企画書を書きながら常に頭に置いていることがあります。それは未来のお客さまがおいしそうに、あるいは満足そうに商品を飲んでいる姿を頭に描くこと。なんだ、きれいごとじゃないかと思う人もいるでしょう。しかし、企画書を改良していく時には、頭のなかにいる未来のお客さまに問いかけながら作業をすることにしています。自信のある商品でなければ、未来のお客さまが幸せそうにしている笑顔は浮かんできません。『氷結』はそうやって開発した商品です」(和田、p.58)

「論議を続けるなかで出てきたのが、『健康』と『環境』という言葉です。健康家電、環境家電という方向性を決めたことが、ヘルシオの誕生に結びつきました」(井上隆、シャープ、p.71)

努力が実って、舟木[一夫]さんは東京、大阪、名古屋の大劇場で講演をやり、どの会場でも月刊10万人の観客を動員できる歌手となりました。彼のいいところは常に全力投球するところです。絶対に手を抜かない」(伊藤喜久雄、アイエス、p.99)

「60代の女性は元気で知的です。ダンナは定年退職して収入が減り、消極的になって外出もしなくなる。それに比べて女性たちはダンナにかまわずに、活発に外へ出かけます。海外旅行も友人と行く。
忘れてはならないのは、彼女たちは古臭いものが嫌いなこと。彼女たちは古いものに価値を見いだしてはいない。懐かしいものに愛着があるんです。私は『懐かしいものが新しい』という一行の企画書を作り、それを宣伝にも使いました。ですから私が企画したライブはすべてそれがテーマです。[舟木一夫、橋幸夫、西行輝彦の]御三家も、ピンク・レディーも、マツケンサンバも、すべて古いのではなく、懐かしい香りがするのです」(伊藤、p.100)

「私はタレントを口説く時も、スポンサーと交渉する時も、重要なシーンでは書類を出しません。すべて口立てです。言葉で企画を説明する。
使う言葉は新聞から借用します。インパクトのある言葉、印象に残ったフレーズを見つけたら拡大コピーする。部屋に貼って、眺めているうちに言葉が体のなかに入ってきます。言葉が身についてから、相手を説得する。私がやっているのはそれだけ」(伊藤、pp.102-103)

彼[伊藤]の社長室を見た。壁じゅうにたくさんのコピーが貼られており、なかには黄ばんだものも。新聞の種類はさまざまだが、「日経流通新聞が最も役に立つ」という。(p.103)

「遠いところにボールを投げる」精神がJFAの企画書に含まれている。
「日本サッカー協会は成長企業だよ。[略] なぜJFAが成長できたかといえば、つねに大きな目標設定をしてきたからです」(川淵三郎、JFA、p.112)

「[企画書に] どうしてもこれを言いたいと書いたのが『ガバナンス』についてでした。つまり、どうやって会社を運営していくかという根本を明確にしたかった。
とくに力を入れたのがふたつです。ひとつは会社経営は商法の規定通りにやろう、と。たとえば株主の権利とは総会に出席して議決権を行使することと法律には書かれている。ところが日本の企業では大株主になると、なぜか隠然たる力をもったりするわけです。『暗黙の了解』とか『えもいわれぬ慣習』といったものはすべて排除して法律通りに経営する会社だとまずは宣言しました。
もうひとつは理念を貫くこと。簡単に言えば創立メンバー以外でも、優秀であれば社長に迎える会社でいよう、と。創業メンバーはストックオプションをもらったら、それでおしまい。外から来た人でも上位に登用される組織でありたい。それを実現したかった。商法と契約と理念の会社にしたいと考えた」
(松本大、マネックス証券、pp.144-145)

「インターネットのような流れの速いビジネスの場合、紙に書いても、すぐに内容が陳腐化してしまう。そして、少しでも古いデータが入っていたりすると、先方の従業員から必ずチェックされます。
また、大きな組織に初めから企画書を渡したら、事業に関係のある大勢のスタッフが出てきて、企画書の検討会になってしまう。それは嫌だった。それに対して、私が社長としてひとりで出て行けば、相手の組織はそれなりに処遇してくれます。
ある程度の肩書きの人が出てきますから、その人に対して私自身がビジネスプランです、と説明すればいい。私は企画書を完成させることよりも企画を通すことを大事にしたのです」(松本、p.148)

「クライアントがプレゼンに期待しているのは、広告の表現を知ることなんです。そこに気づいた私は企画書を出さずに、すぐに広告表現のアイデアを伝えることにしました。[略] クライアントが真に欲しているのは企画書の存在ではない。優れた広告のアイデアなんです」(岡康道、タグボート、pp.212-213)

私たちが彼[岡]から「企画書の一行の作り方」を学ぶとすれば、それはまず頭のなかにしっかりと映像を結ぶことだ。キーワードを思いついた程度で企画書をまとめてはいけない。企画の完成形をディテールまで映像化した後で筆を執るのだ。(p.220)

[短い言葉が持つ力について]「私は名前だと思います。商品の名前、会社の名前・・・。いい名前には言葉が持つ力が感じられる。[略] だから、名前はとても大切です。ネーミングには気持ちを込めなくてはいけません。タグボートという社名には僕ら四人の志が入っている。タグボートは小さくて汚い船かもしれない。でも、広告界を引っ張ってみせるという気概が込めてある。
名前は短い。一行の文字です。でも、そこに意味を含ませるとイメージは無限大に広がる。どこか広告の表現に通じるところがある。僕はそんな気がしています」(岡、pp.220-221)

シー・ユー・チェン氏は05年、著書を出版。内容の濃い本(『インプレサリオー成功請負人』ダイヤモンド社)である。(p.225)


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『電子本をバカにするなかれ 書物史の第三の革命』

『電子本をバカにするなかれ 書物史の第三の革命』
津野海太郎
国書刊行会、2010/11/26、¥1,890


現在起こっている電子書籍の波を、単にここ数年〜十数年の出来事と考えるのではなく、紀元前三千年に生まれた人類最初の本から、活版印刷技術の発明など数千年の大きな流れの中で捉え、20世紀後半が書物史の中で見ると非常に特殊な時代だったということを明らかにする書物史の本。単に印刷本の問題としてでなく、人類の知識を支える書籍流通、図書館システムなども含め、大きな視点から印刷と電子書籍の関係を論じている。前半は本書のための書き下ろしだが、後半は雑誌のコラムを集めたもので、電子書籍前史ともいうべき構成になっている。

書物史に関する多くの参考書が挙げられているので、将来この問題について勉強するときに本書を起点にして発展させることができるだろう。
また、津野海太郎は晶文社の人だと思っていたので、他社から出版されているのを見て意外に思った。

「千年の目盛りによって」とは、どういう意味なのか。 ようするに、いま私たちがそのさなかにいる変化を、紀元前3000年ごろ、メソポタミア南端の都市国家シュメールで人類最初の本が生まれてからの長い時間のうちにおいてみよう、ということですね。そうすれば、いまのこの変化、つまり「紙と印刷の本」から「電子の本」へと向かう動きが、じつは「書物史の第三の革命」ともいうべき、もうひとまわり大きな変化の一部をなしていることがわかるにちがいない。[略] 「第三」というからには、「第一」「第二」の革命があります。それまで延々と口頭でつたえられてきたことがらを、ついさっき誕生したばかりの文字によって記録するようになった。口承から書記(手写)へ。シュメールの場合でいえば、粘土板に楔形文字でということになりますが、それが「書物史の第一の革命」です。そして長い書記(手写)の時代をへて、印刷技術の登場によって同一の文書をいちどに大量コピーできるようになったのが「第二の革命」ーー。(p.13)

人類の歴史上、これほどケタはずれに大量の本が生産され消費された時代というのはかつて一度もなかった。[略]
1450年 100点
1550年 500点
1650年 2300点
1750年 1万1000点
1850年 5万点
1950年 25万点
2000年 100万点 (p.18)

本と出版の電子化には多くの難所がある。そのうちでもとりわけ大きな難所のいくつかに、21世紀にはいってまもなく、おいついで大きな突破口がうがたれてしまった。[略]
ーーこれまで売り方がわからなかったデジタルデータ販売の方式が現実のものとして提示された。(「iTunes」モデル)
ーー今後は新旧を問わず、人類が生んだすべての本が片っ端からデジタル化され、インターネットに蓄積されていくだろう。(「グーグル・ブック検索」モデル)
ーーそして電子本リーダーはケータイやデジカメ式の頻繁なバージョンアップ、消費者側からいえば買い捨てを前提とした安価な日用品として定着していく。(「キンドル」モデル) (p.64)

結局は、かなり乱暴な見通しにならざるをえないのですが、とにかく私は、いま(2010年夏)、これから本の世界に生じるであろうことを以下の四つの段階にわけて考えているわけです。
(第一段階) 好むと好まざるとにかかわらず、新旧の書物の網羅的な電子化が不可避的に進行していく。
(第二段階) その過程で、出版や読書や教育や研究や図書館の世界に、伝統的なかたちの書物には望みようのなかった新しい力がもたらされる。
(第三段階) と同時に、コンピュータによってでは達成されえないこと、つまり電子化がすべてではないということが徐々に明白になる。その結果、「紙と印刷の本」のもつ力が再発見される。
(第四段階) こうして、「紙と印刷の本」との危機をはらんだ共存のしくみが、私たちの生活習慣のうちにゆっくりもたらされることになるだろう。(pp.66-67)

「いま」の幅をもっと大きくとってみれば、最初にはじまったのが出版危機の側なのは明白です。[略] そこにあとから、印刷とは「異なる原理」(フェーブル)にもとづく電子化の波がかさなってくる。なにも電子化のせいで出版がおとろえたわけじゃない。別々に進行してきた二つの過程が世紀の変わり目に、たまたま、ひとつにかさなっただけ。(p.73)

本の出版量が増えると、それにつれて紙の消費量が増える。たとえば中国の人口は13億人。つまり日本の十倍強。これだけのかずの人びとが、急激な経済成長のはてに、いっせいに日本人やアメリカ人とおなじ量の紙を日常的に消費しはじめたらどうなるか。[中略] そして、そこにさらにインド12億の民が加わってくる紙の原料が木材パルプ。それだけで世界の木材資源はパンクしてしまうにちがいない。[中略] となると解決策は一つしかありません。「紙と印刷の本」の出版量を大幅に減らすことです。(pp.98-99)

たとえば聖書が羊皮紙に手で書かれ、それがやがて活字になりデジタルになる。底で生きつづけているものは「原液」としての聖書であって、羊皮紙とか紙とかデジタルとかの「メディア」じゃないですよね。そう考えると、「原液」という発想は、萩野[正昭]さんが十数年間やってきたことの一つの到達点なんだと思うんだけど。(p.186)

書物とはなにか。いま流通している書物にかぎっていえば、とりあえず以下のように定義することができる。
ー筆記にせよ印刷にせよ、ひとかたまりの文字列や図像をインクの染みとして複数の紙の上に定着し、それらを綴じて表紙をつけたもの。
さらに近代以前にさかのぼれば[略]
ー筆記にせよ印刷にせよ、なんらかの「ひらたい平面」上にひとかたまりの文字列や図像を「色のついた水」の染みとして定着し、それを綴じたり巻いたりしたもの。(pp.192-193)

国際書籍見本市(メッセ)を例にとると、図書館よりもややおくれて、1993年、フランクフルト書籍見本市が、ビデオ、CD-ROM、オンライン・データベースなどの電子書籍物をはじめて市場に受け入れる歴史的決断をくだす。フランクフルト書籍見本市は15世紀末、グーテンベルクの活版印刷術が出現してまもない時期にはじまった。その印刷本の牙城ともいうべき最古最大の国際書籍見本市が、とうとう電子本を書物の一族として正式に認知せざるをえなくなったのである。(p.194)

これまで印刷本には「社会の知の水準を粘り強く保持する」という重い責任が負わされてきた。その責任をこれからは電子本も分担することになる。それがやがて電子本が本の伝統をひきつぐ正当性の根拠となっていくだろう。そのことなしでは、つまりビジネス・レベルだけでは「電子本の時代」はスタートしえない。(p.286)

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『武士の家計簿』

『武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新』
磯田道史
新潮新書、2003/4/10、¥680

「金沢藩士猪山家文書」に含まれていた「武士の家計簿」をもとに、幕末から明治初期の武家の経済状況を実証的に解き明かした本。
幕末の武士は様々な儀式に必要な費用が収入を上回り、借金で首が回らない状況になっていた。明治になって、多くの武士があまり抵抗をせずに新体制に従ったのは、そのような理由もあったのではないかと考えられる。
猪山家は金沢藩ご算用係から明治の海軍に出仕し、極貧から現代換算で年収3600万の裕福な家になった。

映画にもなって話題になったので読んでみた。
幕末の武士階級の生活が実証的に述べられていて、今までの漠然とした印象とは違う姿が描かれていて興味深い。

[猪山成之の長男] 綱太郎は海軍兵学校にはいった。司馬遼太郎『坂野上の雲』で有名な秋山真之と同期(第17期・明治23年卒)であった。大佐までいっている。(p.214)

私はというと、猪山家の人々から、大切なことを教えてもらったように思う。大きな社会変動のある時代には、「今いる組織の外に出ても、必要とされる技術や能力をもっているか」が人の死活をわける。かつて家柄を誇った士族たちの多くは、過去をなつかしみ、現状に不平をいい、そして将来を不安がった。彼らに未来はきていない。栄光の加賀藩とともに美しく沈んでいったのである。一方、自分の現状をなげくより、自分の現行をなげき、社会に役立つ技術を身につけようとした士族には、未来がきた。(p.218)

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『新聞消滅大国アメリカ』

『新聞消滅大国アメリカ』
鈴木伸元
幻冬舎新書、2010/5/10、¥750(BO¥400)

アメリカでは日本でいう全国紙に近い大手新聞社、都市圏をカバーする都市型新聞社、コミュニティ紙に近い小さな新聞社などがあるが、2004年に1457紙あったが、2008年には1408紙に減った。発行部数も全米で5460万部から4860万部まで10%を超える落ち込みを記録した。2009年以降もその流れは加速している。
新聞に取って代わるメディアは、ネットであると考えられるが、人間を使って取材をし、報道する機能を経営的に維持できるモデルは見つからない。ルパート・マードックが新聞ネット配信の有料化に踏み切る一方、広告モデルによる無料配信を選ぶ新聞社もある。
新聞がなくなると、権力の監視ができず、汚職が発生し、民主主義に危機をもたらす。
アメリカでは収入の8割を広告に依存しているのに対し、日本ではその割合は3割で、販売収入が7割を占めるため、アメリカほどの落ち込みはまだない。

アメリカの新聞事情の客観的な状況報告の部分は大変参考になる。しかし、著者はNHK社員なので、既存メディア寄りの考え方が随所に現れる。報道機関のもっとも基本的な役割は「社会正義の監視役」(p.190)であると主張するが、日本のメディアがその役割を十分に果たしていない以上、著者の主張に素直には同意できない。
また、日本の新聞社でもすでに毎日新聞は中間期3期連続赤字を計上するなど、経営的に追いつめられつつあり、著者の想像を超えた速度で構造変化が起きている。しかしその先の姿がまだ見えないところが、印刷業に携わる人間として辛いところではある。

「いま大きなパラダイムチェンジが起きている。レコードやカセットテープがCDに取って代わられたように、市場が求める新しいメディアを開発するしかない」(サンフランシスコ・クロニクル社のエリソン氏、p.65)

2009年5月の上院議会合同商務委員会によるマスコミ関係者を集めた公聴会には、グーグルの副社長マリッサ・メイヤーも招かれ、読者の側の変化について興味深いことを発言している。
「消費者は"個別の消費"に移っている。例えば音楽の世界では、アルバムを丸々一枚買わず、自分が気に入った曲だけを選んでネット上で購入している。読者はあらゆるニュースを盛り込んだ紙面ではなく、気になる記事だけを選ぶという購読スタイルを強めているのだ」(pp.67-68)

そもそもインターネットで流通しているニュースも、新聞社など既存のメディアからの記事がもとになっているものが大半と言ってよい。その新聞がなくなったとき、読者が現在と同じようにインターネットから必要な情報を得られるという保証はない。(p.101)

[ニューザー社社長マイケル・]ウォルフの基本的な考え方はこうだ。ニュースに対する人々の欲求は減ってはいない、むしろニュースを求める人々の欲求は世界が複雑化するとともに増大している。問題なのは、それをどういう手段によって伝達するかである。(p.194)

インターネット上では、ニュースの中身(コンテンツ)が優れているかどうかよりも、入り口としてどれだけ多くのアクセスの窓口を持っているかが勝敗を分けてしまう。(p.107)

グーグルも、一度は新聞社というニュース・メディアの中心的存在に関心を持った。しかし、最終的には一時情報を取材し記事を執筆するという従来の新聞社のビジネス・モデルには魅力を感じなかった。誰かが集めてきた情報を、インターネット上でうまく回転させる高度な技術を開発し、収益を上げる方がはるかに実入りがよいと、グーグルの経営陣は判断したのだ。(p.108)

[グーグルのCEO] シュミットは、2015年を新しい時代の幕開けと位置づけている。携帯端末の普及によって、印刷された紙面を読むのと同じように、オンラインで新聞を読める時代がやってくる。さらに日本語など外国語の新聞も自動的に翻訳されて、その携帯端末で読むことができるようになると言うのだ。(p.109)

プリンストン大学の研究者が、新聞がなくなることの影響を、データをもとに実証的に分析したこの[2009年3月の「新聞は重要か」という論文は]大きな反響を呼び、アメリカのみならず、日本でも頻繁に引用されている。(p.139)

新聞が衰退する一方で、大きな注目を集めているのが、調査報道を行うニュースサイトだ。ここ数年の間に、これまで新聞が担ってきた調査報道を専門に行い、ニュースサイトにNPOの組織が、アメリカ各地で次々と誕生している。(p.154)

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『マネジメント - 基本と原則 [エッセンシャル版] 』

『マネジメント - 基本と原則 [エッセンシャル版]』
P・F. ドラッカー (著)、上田 惇生 (著)
ダイヤモンド社、2001/12/13

十年前に読んでおくべきだった本。
経営者のみならず、すべての社会人に必要なマネジメントに関する基礎を学ぶことが出来る。ただ、学ぶことが目的なのではなく、それをいかに実践するかが重要なのだけれど。

[利益は] 目的ではなく条件である。(p.14)

企業は、高い利益をあげて、初めて社会貢献を果たすことができる。(p.15)

企業の目的の定義は一つしかない。それは、顧客を創造することである。(p.15)

[マネジャーには]根本的な資質が必要である。真摯さである。[中略] 一流の仕事を要求し、自らにも要求する。基準を高く定め、それを守ることを期待する。何が正しいかだけを考え、誰が正しいかを考えない。真摯さよりも知的な能力を評価したりはしない。(p.130)

トップマネジメントの役割は多元的である。
1. トップマネジメントには、事業の目的を考えるという役割がある。すなわち、「われわれの事業は何か。何であるべきか」を考えなければならない。この役割から、目標の設定、戦略計画の作成、明日のための意思決定という役割が派生する。[略]
2. 基準を設定する役割、すなわち組織全体の規範を定める役割がある。[略]
3. 組織をつくりあげ、それを維持する役割がある。[略]
4. トップの座にある者だけの仕事として渉外の役割がある。[略]
5. 行事や夕食会への出席など数限りない儀礼的な役割がある。[略]
問題は、トップマネジメントとは何かではない。「組織の成功と存続に致命的に重要な意味を持ち、かつトップマネジメントだけが行いうる仕事は何か」である。(pp.224-225)

変化はつねに、ノンカスタマーから起こる。(p.293)

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『英語リーディングの真実』

『英語リーディングの真実―続・英語リーディングの秘密』
薬袋善郎
研究社出版、1997/08

英語を正確に読むためにどのように読むかをTIME、Newsweekの記事を取り上げて解説する。
実際、本書を読むと、大意をつかめたと思っても、全然違うじゃん、という文が次々と出てきて、いかに自分が読めていなかったか唖然とさせられた。

英語の道は遠いことを改めて気づかされた。

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『ビジネスマンのための「数字力」養成講座』

『ビジネスマンのための「数字力」養成講座』
小宮一慶
ディスカヴァー携書、2008/3/1

数字の定義や意味をしっかり捉えることで、今まで漠然と見ていた経済の形が見えてくる。その方法を具体的に説明した本。
今まで漠然とGDPは国内総生産だから出荷額かな、と思っていたのが、国内総付加価値と知っただけでも本書を読む価値はあった。

たとえば、経済基本統計の数字からの推計として(pp.48-50)
国内総生産:約500兆円
付加価値率:30%
労働分配率:60%
国内労働者総数:6000万人
これらから、
一人当たり給与額:500兆円×60%÷6000万人=500万円(社保含む)
国内総売上額:500兆円÷30%≒1700兆円
一人当たり付加価値:500万円÷60%=830万
一人当たり売上高:830万÷30%=2800万
といった考え方は大変参考になる。

「数字の見方」七つの基本 1. 全体の数字をつかむ 2. 大きな数字を間違わない 3. ビッグフィギュアを見る 4. 大切な小さな数字にはこだわる 5. 定義を正確に知る 6. 時系列で見る 7. 他と比較する (p.88)

給料から逆算すると、ふつうの中堅企業で、一人当たりの年間の付加価値額が1000万円、大企業で、1500万から2000万円。中小企業でも、最低600万〜700万円ぐらいはないと会社はもちません。そこから人件費を払っているわけですから。これはそれぞれの会社を収益性という観点で見るときの一つの基準となります。
わたしは仕事柄、多くの企業を見ているわけですが、この一人当たりの付加価値額については、特に注意してみています。それは、ここでもおわかりのように、働いている人の給料や収益性との関係もありますが、企業の安全性という観点からもおおいに関係があるからです。経験則で、借入総額が年間の付加価値額を超えると資金繰りがしんどくなる会社が多いのです。(pp.123-124)

数字というのは最終的には「詰め」なんです。仕事の出来る人は、最終的には、数字に落とし込めるし、そうしようとします。努力賞で終わることをよしとはしません。
数字に落とし込むと、目標まであtいくら足りないかが分かります。そうすると、そこから逆算して、何をやらなければならないか、どれくらいの時間がかかるかが分かる。場合によっては、いまのやり方では到達がむずかしいということも分かる。いずれにせよ、具体的な道筋や内容が分かることが大事で、そこから具体的な対策が打てるのです。
そうしたことから、目標は必ず「メジャラブル」でなければなりません。「メジャラブル(measureable)」とは測定可能ということです。(p.167)

数字力養成法のまとめ
1. おもな数字を覚える
2. 定点観測する
3. 部分から全体を推測する
4. 数字を関連づけながら読む
5. 常に数字で考える (p.170)

売上が落ちると「頑張って、上げろ」とか「根性出せ」とか言いますが、売上が落ちるということは、その企業の社会でのプレゼンスが減っている事なのです。根性の問題ではありません。よい仕事ができていないから、売上が落ちるのです。逆に、売上が上がるということは、よい仕事をして、それだけ社会に貢献していることを表します。
執念や根性ではなく、よい仕事をして売上を上げよう。売上が上がるのは正しいことだという信念を持つこと。信念を持って、数字を高めていくことが大切なのではないでしょうか。(pp.190-191)

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『家に帰らない男たち』

『家に帰らない男たち』
松井計
扶桑社新書、2008/3/1

家も家族もあるのに、家に帰らずカプセルホテルやサウナに泊まり続ける男達。
どんな境遇や気持ちなのか興味があったので読んでみたが、自分には、不倫で彼女の家に泊まる男の例以外は理解できなかった。

広告代理店に勤めるサラリーマンの山村信吾と一緒にサウナに泊まったとき、私はどうしてもゆっくりと眠ることができなかった。このあたりが、〈家に帰る男〉と〈家に帰らない男〉を峻別する大きな要素なのかも知れない。(p.123)

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『「古事記」の真実 』

『「古事記」の真実』
長部日出雄
文春新書、2008/8/20

古事記の真実とは言いながら、その真実を追究するというよりは、著者の古事記紀行といった趣の本。
日本書紀は国の正史で漢文、古事記は天皇個人が編んだ私的歴史書でやまとことば、といったことや、額田王女性説などは興味深く読んだ。
また、大友皇子の中国的政治に危機感を抱いた大海人皇子(天武天皇)が、天照大神を中心とする国風の政治を実現するために壬申の乱を起こした、という説も、面白く考えさせられた。

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『この国を出よ』

『この国を出よ』
大前 研一、柳井 正
小学館、2010/10/4

書店に平積みになっていて、大前研一だけなら買わないのだが、柳井正が共著になっているので(だめな本だろうなと思いつつ)つい買った。大前はいつものことなので流し読みでよいのだが、柳井氏の政治に対する見識が、ユニクロの経営を語るときに比べて、新橋のオヤジレベル。

大前は、「日本は駄目だ海外に学べ、そのためには海外のことをよく知っている自分の言うことを聞け」というのが商売だから、日本を悪く言うこと自体が彼の習い性になる。従って、彼のそのような話は読む必要がない。が、柳井は現に日本国内で企業を経営し、日本のよいところもわかっているはずの立場で、大前に追従して同じような悪口をいう必要は本来ないはずだが、本書のトーンがそのようになってしまっているのは大変残念だった。

また、例えば、柳井は、政府には通貨発行権があって、民間企業の損益とは同一に論じることができないという前提を、意識的にか無意識的にか排除して、民間と同一の基準に立って国の財政を論じている。そのため、著しく説得力を欠く主張になっていると感じた。

柳井の名前で部数を伸ばすために、大前と小学館の売らんかな路線に柳井がうまくのせられてしまったな、というのが正直な感想。

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『催眠』(小学館版)

『催眠―Hypnosis』 (小学館文庫)
松岡圭祐
小学館文庫、1999/5/1

ニセ催眠術師の前に現れた女は、自分は宇宙人だと叫び始めた。入絵由香の異常な能力を見て、心理カウンセラー嵯峨敏也は精神の病を疑う。

『万能鑑定士Q』が面白かったので、著者のデビュー作を読んだ。由香の両親の描き方など人物描写に若干一貫性を欠くところが見られるが、十分に楽しめる小説になっていた。角川文庫版では精神医学の進歩を取り入れた改訂がされているということなので、そちらも読んでみたい。

「いまのパチンコ台はたくさんの電飾がついていて、ひっきりなしに点滅している。光の不規則な点滅は、意識がほかにそれるのを防ぎ、受動的な注意集中状態をつくりだす。一点を見つめながら、リラックスしてよそごとが考えにくくなるんだ。アルファ波の脳波がさらに安静な状態へと変化し、シータ波までいたることもある。ここまでくると、起きているときと眠っているときの中間ぐらいの、きわめて心地よいトランス状態に入っていることになる」(p.132)

この両親は世間の常識にあまりにも疎かった。学問に無頓着すぎた。江戸っ子をきどり、人情に厚いことを誇りに思っているが、それは本当の社会を知らない証でもあった。ひたすら人情をもってすれば、あらゆる知識や権威を駆逐できると信じきっている。しかしそれは幻想にすぎない。(p.302)

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『祝もものき事務所』

祝もものき事務所
茅田砂胡
中央公論新社、2010/11/25

あやしい探偵風事務所の所長でやる気のない元警官の百之喜太朗と、百之喜を引き回す秘書の花祥院鳳華その他百之喜の同級生だった脇役達などが、殺人容疑で逮捕された黄瀬隆の疑いをはらすべく色々活躍する。

書店で平積みになっていたので深く考えずに買ったが、ちょっとついていくのが難しい小説だった。
主人公始め登場人物がことごとく実在しなさそうな名前で、かつ人数が多すぎてそれぞれの役割を把握するのに苦労した。
やる気のない主人公があまり考えずに行き当たった出来事が事件の重要な鍵になる、という「ここ掘れわんわん」的才能をもっているという設定だが、主人公はほとんど何もせず、キャラも薄い。
著者はファンタジー作家らしいので、そのテイストで読めば良いのかもしれない。

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『万能鑑定士Qの事件簿IV』

万能鑑定士Qの事件簿IV
松岡圭祐
角川文庫、2010/6/25

万能鑑定士凜田莉子シリーズ4作目。
今ではプレミアムとなっている「ノストラダムスの大予言」のポスターばかり燃やされる事件が起きる。莉子はカウンセラー嵯峨敏也と犯人を追う。
それは反則だろう、という謎解きが示される。著者にまんまと誘導された感じ。

『プリディ・ウーマン』のポスターに載っているジュリア・ロバーツとリチャード・ギアの写真は顔だけが本人で、首から下は別人だ。[略] 完成版ではジュリアがリチャードのネクタイを肩越しに引っ張っているが、これはその写真の継ぎ目を隠すための苦肉の策だ。ネクタイがふたりの首を横断しているおかげで、違和感なく仕上がっている。(p.9)

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『万能鑑定士Qの事件簿III』

万能鑑定士Qの事件簿III
松岡圭祐
角川文庫、2010/5/25

万能鑑定士凜田莉子シリーズ3作目。
かつて一世を風靡した音楽家が音楽の技術を悪用して詐欺事件を起こす。
ちょっとした蘊蓄が役に立ちそうな小説。

「日本料理店では、板前さんがお椀のふたに、茶筅(ちゃせん)や霧吹きで水滴をまんべんなくつけておくのが習わしなんです」(pp.280-281)

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