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交渉術

交渉術
佐藤優
文藝春秋、2009/01

ロシアでの外交によって実地に身につけた交渉の裏側をちらちら見せながら、それ以外の部分は外交官時代の暴露の話が多い。「自壊する帝国」で既出の話を視点を少し変えて繰り返されている部分もあるので、そろそろネタ切れか、とも思わせる。

インテリジェンスの上で宗教教典や神話は非常に重要な研究対象でもある。宗教経典や神話に現れた論理は、それらの物語を共有する人々(民族や国家)の、いわば通奏低音として流れる論理を示しているからだ。いまあげた、旧約聖書を題材にする交渉術の研究も、イスラエルやロシアなどのインテリジェンス養育で実際に行われているのである。インテリジェンスの専門家は、対象国や民族の神話、宗教経典、義務教育で使用される歴史、国語の教科書には必ず目を通す。交渉術においても、相手の内在的論理を捉える研究は不可欠である。(p.26)

ロシア人に言わせれば、騙す者が悪いのではなく、騙される者が間抜けなのである。このようなロシア式交渉術は、そのままインテリジェンス交渉術に採用できる。道徳や倫理に従って行動することは一般社会では善で、賞賛される価値であるが、交渉術の世界ではそうではない。[中略]「交渉術は、善でも悪でもない、価値中立的な技法」だからだ。(p.37)

[コンラート]ローレンツの指摘から、二つの教訓を導くことができる。一つは「人間は動物と同族」であること、「行動をその原因(フロイトの学説では性衝動)によって説明」することの重要性である。そしてもう一つは、「人類は、あらゆる手段を作って、おてもりの自己評価を守ろうとする」ということだ。別の言葉で言うならば、人間は本質的に保守的なものーすなわち、自分たちは動物であることを否定したり、隠したりしたがる存在なのである。インテリジェンス交渉術においては、この両面を頭に入れておかなくてはならない。(p.39)

ここでも動物行動学の知見が役に立つ。動物は、自らに危害を加える可能性のある動物や人間が近寄ってくると逃げる。餌をくれたり、助けてくれる動物や人間にはすり寄る。インテリジェンス工作においても、対象者は、脅してくる者には最低限の協力だけして逃げようとし(自殺も逃亡の一形態)、助けてくれる者には自発的に協力する。「ハニー・トラップ」でも、基本は、困った状況に陥った対象者を「助けてあげる」のだ。(p.51)

ハニートラップの要諦は、ほんものの恋愛に介入し、恩を売り、工作対象者が自らが所属する組織の誰にも相談できないような状況を作り出すことだ。逆に言えば、工作対象者が、不利益を覚悟してでも、自分が所属する大使館、会社などに相談すれば、工作は終わりになる。(p.57)

通常、日本の宴会で見られるように、ビール、日本酒、そして食後にウィスキーのオン・ザ・ロックというように、アルコール度の低い方から高い方に向かっていくというのが、酒の飲み方の国際スタンダードだ。[略][アルコール度の高い方から低い方にというような]要領で酒を飲むと、普段の二〜三倍が体内に入るので、大抵の人ならば酔いつぶれてしまう。(p.89-90)

これは日本人、特に官僚と政治家に適用すると効果が大きいのであるが、秘密情報について、相手に質問し、返事が返ってこないときに、「ああ、失礼しました。あなたは知らないのですね」とさりげなく呟くことだ。次の瞬間に相手が、色をなして「そんなことはない。俺はちゃんと知っている」と言って、秘密を語ることが、私の経験則では三割程度の確率である。「情報を伝えられていないということは、重要人物でないことの証拠」というような、情報伝達を巡る日本特有の文化に付け込むのだ。(p.92)

「この前、パリに休暇で行ってきたのですが、空港の免税店であなたに似合いそうなネクタイを見つけたので、どうぞ受け取ってください」と言って渡したら、90パーセントの確率で相手は受け取る。この場合、「買ってきた」という言葉を発しないことがコツである。「見つけた」とか、「手に入れた」という表現をすることだ。「買った」、「売っていた」など金銭を想起させる言葉を一切発しないことである。エルメスのネクタイならば三〜四万円はする。一万円の現金ならば受け取らない人も三万円のネクタイならば抵抗感なく受け取る。この辺の人間の心理を衝くのだ。もちろん、インテリジェンス工作に従事する人は善人ではない。従って、どこかの段階で「あんたは累計これだけの賄賂を受け取っているのだ」ということを相手に認識させなくてはならない。(p.114-115)

インテリジェンス交渉術の観点から工作対象者との関係において、理想的関係はどのようなものか。まず、こちら側と相手が友人であるという表象を維持する。しかし、実際には六対四くらいで、こちら側が優位にあるという関係である。なぜ友人であるという表象が重要かというと、相手がカネで雇われているという認識をもつと「報酬の範囲内で協力すれば良い」という態度になり、情報提供に置ける積極性が失われるからだ。友人ということになれば、積極的にこちら側の意図を忖度して、相手が情報収集に従事するというのが私の経験則だ。人間の認識は非対称的である。六対四の関係を維持するために、例えば食事の際に総額が[略]八対二とか九対一くらいの比率になったところではじめて六対四くらいの関係であると認識するのである。(p.119)

「死んだふり」や土下座は、相手を畏怖させる。徹底した弱者の立場に立つことで、力関係を逆転させる契機をつかむことができる。(p.194)

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