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不実な美女か貞淑な醜女か

不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か
米原万里
新潮文庫、1998/1/1

ロシア語通訳・翻訳家だった米原によるエッセイ。表題は通訳をするときの二者択一、いい加減な訳だが美しい日本語で話す通訳と、正しい訳だがこなれていない日本語を使う通訳のどちらがよいか、を表している。通訳・翻訳をして得た経験談などについて書かれている。

[アメリカ人でギリシャで学位を取得し、今イタリアで活躍する工業デザイナー、ナンシー・マーティン女史の講演内容の引用] こうして、皆様は私の講演を聴きにいらしてくださっているけれど、耳から入る情報の記憶への定着率は、わずか10%です。眼から入る情報の定着率のほうが高く、30%といいますから、これから、スライドをお見せいたしましょう… そして、自ら体験、経験したものの定着率は、最も高く、80%にも達します。ですから、講義を聞いたり、本を読んだりするのもさることながら、ご自身が直接試みることがぜひとも必要です。というわけで、私の話はこの辺で打ち切り、隣のホールで皆様お一人お一人が直接参加されるワークショップのほうへ移っていきたいと思います。(p.136)

[文化・芸術畑のベテランロシア語通訳者として、つとに有名な河島みどりさん] まずは母国語を格調高くしゃべることが大事なんです。雇い主は日本人ですよね。日本人は、例えば私がロシア語の語尾なんか間違えて変なこと言っても分からない訳です。ほんとよ。でもね日本語が美しくキチンとしていると、それを聞いて、あ、この人はデキると思ってくれる。出会い頭最初の瞬間で、この人はスッゴク上手い通訳だという思い込みを相手に植え付けることが大事。不審な目で見られると、通訳って仕事、とってもやりにくいですもの。そのために日本語を美しくすること。常日頃から自分の日本語に絶えず目を光らせて、へんな癖や、「ええと、ええと」とか「あのう」とか「結局」とかいう雑草を意識的に抜いていく必要があります。(p.274)

「日本語をどのように磨いておられるのか」という質問に対して、村松[増美]氏が自分は古典落語の愛好家で、名人が吹き込んだ落語のテープを、飛行機や車での移動時間などに聞いていると答えておられたのが印象に残っている。たしかに落語は、数ある文学ジャンルのなかでも、あくまでも耳から聞き取られることを前提にした話芸である。話し言葉としての日本語の可能性を追求した、ひとつの極致をなしている。(p.275)

第二言語すなわち最初に身につけた言語の次に身につける言語、多くの場合外国語は、この第一言語よりも、決して決して上手くはならない。単刀直入に申すならば、日本語が下手な人は、外国語を身につけられるけれども、その日本語の下手さ加減よりもさらに下手にしか身に付かない。コトバを駆使する能力というのは、何語であれ、根本のところで同じなのだろう。(p.278)

家族連れで外国生活をしてきた家庭の子供にしばしば思考力の不安定なものが見受けられるのは、幼児の外国語教育がもし徹底して行われると、どういうことになるかというひとつの警告とうけとるべきであろう。(外山滋比古著『日本語の論理』中央公論社) (p.279)

ソ連式授業では、まずきれいに読み終えたら、その今読んだ内容をかいつまんで話せと要求される。一段落か二段落読ませられると、その都度、要旨を述べない限り座らせてもらえない。非の打ち所なく朗々と声を出して読みながらまったく内容が頭に入ってこないということは、往々にしてあるもの。ところが、この方式の訓練を受けると、自分の読む速度と理解する速度がシンクロナイズされる。かつ、自分でかいつまんで他人に伝えなければならないから、読み方が立体的、積極的になるという効用がある。(pp.283-284)

日本の首相がアメリカに行ったときに、英語で演説するのを得意げに自慢し、マスコミも盛んにそれを持ち上げる。[中略]しかし、一国を代表する権限を持ってそれをするのは、どうかやめてほしい。宮沢さんであれ、細川さんであれ、村山さんはそんな心配しなくてもよさそうだが、とにかく母国語で達意の発言をして、それをプロの通訳に任せるべきである。べつに通訳の雇用促進の立場からいっているのではない(いや、それもあるか)。国を代表するもの、それが権利でもあるし、義務でもある。(pp.290-291)

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