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国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて
佐藤優
新潮文庫、2007/10/1

日露北方領土交渉に関する背任容疑で、鈴木宗男議員に連座して逮捕起訴された元外務省員佐藤優による、逮捕に至る背景を描いた著作。
橋本・小渕・森内閣で交渉が進められた北方領土交渉が、小泉内閣の誕生による外交方針の変更により、頓挫していく様と、それによってどのように背任事件が作られ、鈴木・佐藤が犯人として東京地検特捜部のターゲットにされていくかが、緻密で冷静な状況分析に基づいて語られる。
佐藤によれば、森内閣までの平等配分による社会形成から、小泉内閣での傾斜配分による社会形成へと大きく方針が転換したことにより、第一に日本外交潮流が変化し、第二にナショナリズムが昂揚し、第三に官僚支配が強化された(p.152)。そこで、それまでの方針を精算するために「国策捜査」が必要であり、たまたまそこに鈴木宗男議員がいた、ということになる。
関係者の実名をあげて事実関係を記述している点で、真実味はあるのだろうが、あくまで佐藤の視点からみたストーリーだということは頭に入れて読まなければいけない。

最近、佐藤の著作が乱発気味で、出版界にもてはやされて消費されてしまうのが心配だが、彼の圧倒的な経歴の前に、他の論壇知識人は歯がたたないのではないか。

また、本書の解説を川上弘美がしているのだが、佐藤の文体からのギャップが大きすぎてついていけなかった。もう少し人選を考えればよいのに、と思った。

イリイン氏を偲びながら、私は自分自身に「人間はまず内側から崩れる。決して自暴自棄になっては行けない。常に冷静さを失わないことだ。この独房が人生の終着駅ではない。最も重要なのは自分との闘いだ」と言い聞かせた。(p.34)

人間には学校の成績とは別に、本質的な頭の良さ、私の造語では「地アタマ」があるということを私はソ連崩壊前後のモスクワ体験を通じ確信するようになった。鈴木は類い稀な「地アタマ」をもった政治家だった。(p.49)

私は、「[鈴木]先生、私はこれでもクリスチャンですから自殺はしませんよ。それよりも以前に鈴木大臣が『俺は騙すより騙される方がいいと考えているんだ』と言ったのに対し、私は『いいや、騙されてはなりません。他人を騙してでも生き残るのが政治家でしょう』と反論しましたが、今、このギリギリの状況で、私は先生の言うことが正しかったと思っています。私は、『政治家は本気では一人しかつきあえない。テーブルは一本脚でもその脚がしっかりしていればいちばん強いんだ』という話をしましたが、これは今でも正しいと思っています。」(pp.52-53)

過去の経験則から、私は利害が激しく対立するときに相手とソフトに話ができる人物は手強いとの印象をもっている。その意味で、この検事の方は相当手強そうだー。(p.56)

政治家は長時間待たせた客のことを決して忘れていたわけではない。内心では何時間も待たせて済まないと思っている。私は逆転の発想で、待ち時間が増えることは、その政治家に対して貯金をしていることと考えるようにした。(p.124)

ロシア高官達の気遣いはとてもありがたかった。こういうときは生真面目な返答をしてはだめだ。ユーモアで切り返す必要がある。
「僕は元気だ。世の中の政治家は、とてもよい政治家とよい政治家に分けることができる。橋本龍太郎、森喜朗はとてもよい政治家で、僕はとても尊敬している。フリステンコもよい政治家で、僕はとても尊敬している。鈴木宗男もとてもよい政治家で、僕はとても尊敬している。それに較べて田中眞紀子はよい政治家だ。だから何も問題はない。よい外相に巡り会い、人生にはいろいろなことがあると思っているだけだ」
ロシア人はみんな大笑いした。「嫌い」という言葉を一言も使わないで、私の気持ちを率直に伝えることができた。(pp.130-131)

田中女史が国民の潜在意識に働きかけ、国民の大多数が「何かに対しておこっている状態」が続くようになった。怒りの対象は100パーセント悪く、それを攻撃する世論は100パーセント正しいというに構図式が確立した。あるときは怒りの対象が鈴木宗男氏であり、あるときは「軟弱な」対露外交、対北朝鮮外交である。(p.152)

私が見るところ、ナショナリズムには二つの特徴がある。第一は、「より過激な主張が正しい」という特徴で、もう一つは「自国・自国民が他国・他民族から受けた痛みはいつまでも覚えているが、他国・他国民に対して与えた痛みは忘れてしまう」という非対称的な認識構造である。ナショナリズムが行き過ぎると国益を毀損することになる。(p.152)

情報専門家の間では、「秘密情報の98%は、実は公開情報の中に埋もれている」と言われるが、それを掴む手がかりになるのは、新聞を精読し、切り抜き、整理することから始まる。情報はデータベースに入力していてもあまり意味がなく、記憶にきちんと定着させなくてはならない。この基本を怠っていくら情報を聞き込んだり、地方調査を進めても、上滑りした情報を得ることしかできず、実務の役に立たない。(p.241)

『国民の知る権利』とは正しい情報を受ける権利も含みます。正しくない情報の集積は国民の苛立ちを強めます。閉塞した時代状況の中、『対象はよくわからないが、何かに対しておこっている人々』が、政治煽動家(デマゴーグ)に操作されやすくなるということは、歴史が示しています。(pp.495-496)

「二十歳くらいまでに身についた正確はそう簡単に変わるはずがない。佐藤の性格はマスコミよりも俺[滝田敏幸]たちの方がよく知っている」(pp.514-515)

沖縄には独特の人間観がある。一人の人間に魂が複数あるのだ。その一つひとつの魂が個性をもっており、それぞれの生命をもっている。一人の人間は複数の魂に従って、いくつもの人生を送ることができる。複数の魂によって多元性が保証されている。魂の数だけ、真理もあることになる。(p.522)

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