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坂の上の雲(7)

坂の上の雲〈7〉 (文春文庫)
司馬遼太郎
文春文庫、1999/2/10

伝統的なロシア軍の退却戦略にのせられ、損害を拡大しながら前進した日本陸軍は、ほとんど戦力の限界をむかえていた。予備兵力をほとんど持たないまま、重厚な陣を敷くロシア軍と全面会戦に及ぶ。勝利は不可能と思われた中、ロシア軍司令官クロパトキンの弱気によって、かろうじて勝利を得る。
バルチック艦隊はいよいよ対馬に接近するが、参謀真之はロシア艦隊の進路を対馬か津軽かで迷い精神に異常をきたすほど追い詰められる。そしてバルチック艦隊は発見され、対馬を目指していることがわかる。

司馬の筆は、やはり陸軍には辛い。包囲戦というのは大兵力が小兵力を包囲するのが定石だが、奉天会戦は、寡兵の日本軍が大兵力を擁するロシア軍を包囲するという非常識な戦略で、勝ったのはいくつもの偶然と、クロパトキンの性格的な弱気による僥倖にすぎない、と書く。しかも、奉天会戦後もロシアはハルピンでの会戦にそなえ、続々とシベリア鉄道で兵力を送ってくるのに対し、日本には兵力を増強する国力はほとんど枯渇していた。それ故に、ロシアはこの時点での講和には応じなかった。しかし、戦勝に酔った新聞と国民世論は、景気のよいことばかりを言って、真実を見ない。そのため、児玉は講和のタイミングを逸しないため、あえて満州の戦場を離れ、政略のため東京へ戻らざるを得ない。結局、講和の成否は最後となるべき日本海での海戦に持ち越された。

奉天会戦において日本軍がはたして勝ったかということについては、ヨーロッパの専門家たちのあいだでも相当論議された。(p.175)
児玉が閉口しきっていることは、新聞が連戦連勝をたたえ、国民が奉天の大勝(下線部傍点)に酔い、国力がすでに尽きようとしているのも知らず、「ウラルを越えてロシアの帝都まで往くべし」と調子のいいことをいっていることであり、さらににがにがしく思っていることは政治家までがそういう大衆の気分に雷同していることであった。(p.192)

この巻でも、司馬は日本が略奪をしなかったことを再度述べているが、明治と昭和の日本は違うのだ、ということをよほど強調したかったのかもしれない。

日本はこの戦争を通じ、前代未聞なほどの戦時国際法の忠実な遵奉者として終始し、戦場として借りている中国側への配慮を十分にし、中国人の土地財産をおかすことなく、さらにはロシアの捕虜に対しては国家をあげて優遇した。その理由の最大のものは幕末、井伊直弼がむすんだ安政条約という不平等条約を改正してもらいたいというところにあり、ついで精神的な理由として考えられることは、江戸文明以来の倫理性がなお明治期の日本国家で残っていたせいであったろうとおもわれる。(p.218)

また、日本の新聞についても、再び強烈な批判をしている。日露戦争は、短期決戦で6分4分の優勢に持ち込み、すかさず外交的に講和を結ぶことで有利に戦争を終結させる、というとても細い綱を渡る戦争であり、戦後その分析をすべき新聞はその役割を放棄した。そのためにその後の昭和期の日本の破滅を招くことになる、という司馬の考えに基づく批判であるが、その批判が環境の全く変わった今日現在でもまったく同様にあてはまるところに、日本のメディアの進歩のなさが現れていると言えるだろう。

日本においては新聞は必ずしも叡智と良心を代表しない。むしろ流行を代表するものであり、新聞は満州における戦勝を野放図に報道しつづけて国民を煽っているうちに、煽られた国民から逆に煽られるはめになり、日本が無敵であるという悲惨な錯覚をいだくようになった。日本をめぐる国際環境や日本の国力などについて論ずることがまれにあっても、いちじるしく内省力を欠く論調になっていた。新聞がつくりあげたこのときのこの気分がのちには太平洋戦争にまで日本を持ちこんでゆくことになり、さらには持ちこんでゆくための原体質を、この戦勝報道のなかで新聞自身がつくりあげ、しかも新聞は自体の体質変化にすこしも気づかなかった。(p.230)
日本の新聞はいつの時代にも外交問題には冷静を欠く刊行物であり、そのことは日本の国民性の濃厚な反射でもあるが、つねに一方に片寄ることのすきな日本の新聞とその国民性が、その後も日本をつねに危機に追い込んだ。(p.250)

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