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翻訳夜話

翻訳夜話
村上 春樹、 柴田 元幸
文春新書、2000/10/20

小説家と大学教員という違った立場の二人が、それぞれどのように翻訳と関わっているかをフォーラム形式で語ったもの。
主に村上の訳が多いレイモンドカーヴァー「Collectors」を村上訳に並べて柴田が、柴田が多く手がけるポールオースター「Augie Wren's Christmas Story」を柴田に並べて村上が、それぞれ競訳という形で掲載されているのは興味深い企画。さらに英語の原文も掲載されているのでそれとの比較ができる。同じ小説でも訳者によって雰囲気がだいぶ違うことが実感できる。

(村上)ビートというのは、意識すれば身につけられるんです。ただ、うねりに関して言えば、これはすごく難しいです。ビートとうねりを一緒につけられるようになれば、もうプロの文章家になれます。ただこのうねりばかりは、身体で覚えるしかないですね。いっぱい文章を書いて、身体で覚えるしかない。[中略]でも、それができるようになったらわかるんです。クロールのローリングが身体ではっと理解できるのと同じで、「あっ、そうか、これだったのか」というふうにわかるんですよ。それはいちいち音読しなくても分かります。自分で文章を読み返してみると、こういううねりが感じられるんですよね。多少下手な文章でもそれがあれば、人はすすんで読んでくれます。(p.45)
(村上)英語の小説に限って考えても美しい文章というのも制度になっちゃえばもう、文学にとってはそれからどう逸脱するかがむしろポイントになるわけだから、そういう、正しい型みたいなものを持つべきだとか、そういうことはあまり思わないです。(p.80)
(村上)はっきり言って、いまはニューヨークが出版業界のハブなんですよね。好むと好まざるとに関わらず、そこを中心に世界の出版業界は回っています。言語的に行っても英語が業界のリンガ・フランカみたいになっています。この傾向はこれからもっと強くなるだろうと思われます。(p.82)
(村上)僕は[翻訳の]間違いを指摘されても特に傷つかないですね。というのは、それはあくまで技術的な問題だから。技術的な問題というのは、まちがいを認めて、それを直して、もう一度同じ間違いをしなければ、それでいいわけです。すごく単純ですよね。 (柴田)たいていの人は技術的な問題であるにも関わらず、なぜか人格の問題として捉えちゃってね、翻訳って。間違いをすっと認めるということがたいていの人にはなかなかできなくて、だから、僕が村上さんとやっているようなことを他の人に対してやると、まずはその、まちがっているってことを指摘されたことに傷ついて、立ち直るのにいちいち3.5秒ぐらいかかるわけですね。(p.97)

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