« オタクはすでに死んでいる | トップページ | ロスチャイルド家 »

宗教の経済思想

宗教の経済思想
保坂俊司
光文社新書、2006/11/20

マックスウェーバーがプロ倫でプロテスタントの天職思想を述べたことから宗教と経済の関係を説き起こす。キリスト教・イスラム教・仏教と経済の関係を述べた後、日本独特の勤労観を説く。

つまり、日本にとって労働は、忌み嫌うべき苦行でも、贖罪のための苦行でもなく、神聖な「まつりごと(神に仕える行為)」なのであった。それは今日でも「祭り」の中に農事動作が沢山折り込まれていることをみれば明白である。(p.141)
日本人は、まず現世にその意識が集中するいわば素朴な楽天主義の民族であった。それが仏教と結びつき、一つの世界観を形成したのがこれから検討する天台本覚論である。この思想は、具体的な現実における諸事情を絶対とみなして、これを絶対肯定するという思想である。つまり、眼前に広がる現実の姿こそ、永遠の真理の姿であるとする思想である。この場合、永遠の真理は、事物の背後にあるのではなく、また現象界を幻想、幻と位置づけるような消極的な発想でもない。現実こそ、真理が顕現したもの、つまり、真理そのものが姿を現したものと考える。(p.148)
筆者は仏教の救済(悟り)を住宅取得になぞらえて、ローン返済型宗教と呼んでいる。家(悟り:往生)を我が物とするために、一心にローン返済のために働くサラリーマンのようなものである。  一方、ユダヤ・キリスト・イスラームのような救済宗教では、神がいずれこの家をあげるからそれまで家賃(信仰や義務)を払いなさい、とて入居時に契約してくれる、いわば「棚ボタ」型の救済構造である。だから、契約を信じ神の愛にすがって家が持てるまで家賃を払い続けるわけである。しかし、この家賃と神が最終的に家をくださることとは、直接的な関係はないというのがキリスト教の考えである。そして、契約を実行すれば、もらえるとするのがイスラームである。その中間にカルヴァンの思想がある。つまり、神は予め誰にあげるか決めておられるが、それは秘密である。しかし、一生懸命家賃を払っているとなんとなくわかる、という具合である。  また、初めから持ち家を持っている、すなわち救済というようなことを考えない宗教もある。神道である。神道では、初めから持ち家であり、ローンを組んだり、家賃を払う必要はない、しかし、家を維持するためには、努力が必要であり、その努力がいわゆる祭りなどの神事である、と考えている。  いずれにしても、日本の仏教は、与えられた職業を修行の道(手段・例えば密教における行法)と同一視(同置)することで、世俗の職業に宗教的な意味を与え、まさに職業道とする考え方である。(p.153-154)
日本における経済倫理、特に労働倫理において重視すべきは、皇室の祖である天照大神自らが、機を織り労働を行っていたという神話である。また神道最大の悪事の一つには、田の畔を壊すことがあり、いかに日本人が水田耕作や養蚕、機織りを重視していたかが分かる。(p.173)

|

« オタクはすでに死んでいる | トップページ | ロスチャイルド家 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/40886/43041808

この記事へのトラックバック一覧です: 宗教の経済思想:

« オタクはすでに死んでいる | トップページ | ロスチャイルド家 »