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母の発達

母の発達
笙野頼子
河出文庫、1999.4.26(図書館)

 私(ダキナミ・ヤツノ)は、大学受験のころから母が縮んで見えるようになる。そしてそのうち私の発する言葉通りに母は変形を始め、最後にはワープロの小さな記号と化してしまう。(「母の縮小」)
 母はヤツノに殺されるが、それは新しい母になるための再編成を促す。「世間が母やという偽の母をやっつける、正義の味方みたようなおかあさんに」(p.69)なるために。そしてあるべきお母さん白書をソウカツし、もとからのお母さんを全部解体したのち、「あ」の母から「ん」の母まで、発達を始める。(「母の発達」)
 家出した母を訪ねてヤツノは世界中を旅する。3年後、「あ」から「ん」までの母を呼ぶことで母は部屋に戻ってくる。「あ」から「ん」がさらに細分化された母がすべて呼び出されて戻ってくると、大回転を始める。ヤツノは「回転して戻って来て何の変化もないのに、ただ母全体がこの世にあることを感ずるだけで、身の毛のよだつような感動と法悦と恐怖」(p.178)を感じる。(「母の大回転」)

 本書は、母娘の葛藤と和解を描いた三部作を一冊にまとめたものである。当然、フェミニズム小説として読むことができるが、「母」を「言葉」におきかえると、作者の言葉に対する葛藤と克服の書として読むことも可能になる。すなわち、言葉が自由にならず小説を書くことができない時期から、ひとつひとつの言葉(「あ」から「ん」)に想像を巡らせ、言葉の操作の試行錯誤を経て、言葉を自分のものとしてこれから小説を書く自信を取り戻すまで、その過程を描いた作品として読むこともできるだろう。
 いずれの読み方をするにしても、「あ」から「ん」の母が大量発生して大回転をする様は、理屈抜きに、無意識の底に眠る「母」なるものに対する読者の感情を揺り動し、快感を与える。

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