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書店風雲録

書店風雲録
田口久美子
ちくま文庫、2007.1.10

著者の田口久美子は、リブロ各店を経験し、池袋店店長を務めた後、ジュンク堂に転職し、現在は池袋本店副店長を務める。その書店一筋の田口が、一書店員の立場から見た出版業界や書店業界の動向を、1980年代を中心につづる。
北田が「広告都市東京」で描いたような渋谷で、舞台装置の一つとして書店がどのように西武で位置づけられていたかや、堤清二の文化に対する姿勢などが、まさに実体験として記されている。たとえば、「『新しい時代の精神の根拠地』としての美術館、そのロビーに構える『美術活動の一環』としてのミュージアムショップ、『現代を書物で表現する最前線』としての、しかも『詩のショップ』つきの大型書店、そして『最先端のメディア装置』としての出版社、堤清二の『文化装置の環』はこのようにして完結していった。」(p.128)と1980年代初頭の状況を述べる。
また、現代小説が芥川賞タイプと直木賞タイプに分けづらくなり、書棚の作り方も難しくなる体験をのべつつ、では、純文学と大衆文学はどう区別できるか、ということについては、「だからつい先日、八月二日のジュンク堂でのトークセッションで、作家の保坂和志が『ナマな感情をそのままの言葉では書かない』という主旨の発言をし、受け手の坪内祐三が『それが純文学と大衆小説の境界じゃないんですか』とさらっと答えたとき、私を襲った感情は『懐かしさ』であった。しかしこの人は私にとってなんてタイムリーな答えをいつも用意してくれるのだろう、感謝。とはいえ、その『境界』は本というパッケージの外観からは読み取れない。ああなんとかならないか、書店員の私はじれる。」(p.290)と、これも自らの経験を率直に書く。
文体は必ずしも簡明とはいえない部分もあるが、本書の内容はその不備を補ってあまりある。書店業界の、とくに1980〜90年代の動向を知る上で資料的価値もある本といえるのではないか。

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