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読書の腕前

読書の腕前
岡崎武志
光文社新書、2007.3.20

「古本道場」の著者による本の読み方の本。ベストセラーは10年後、20年後に呼んだ方がおもしろい、今ほど古本がやすい時代はない、など本にまつわる話のほか、著者によるおすすめの本の紹介。
芥川賞候補のなんども挙がりながら受賞を逃し、ついに自殺した佐藤泰志についての部分は、著者の情感のある文章もあって、読みたくなる。

 『海炭市叙景』は、佐藤の故郷である函館を思わせる、北にある海辺の町・海炭市が舞台。[中略]
 最初の一篇「まだ若い廃墟」には、六畳ひと間のアパートに、親も身よりもなくひっそりと暮らす若い兄妹が登場する。ある年の暮れ、職を失った二人はあり金をかき集め、初日の出を拝むために山に登る。ロープウェイで頂上まで行き、展望台のラウンジで兄はビールを飲んだ。妹も少し口にした。ハメをはずしても許されそうな特別な一日だった。
 「今日から兄さんの女房ね、と軽口を叩いた。願いさげだね、と兄はいった。罰があたるわよ、とわたしはまだ軽口を続けた。罰?そんなものいくらでもあたればいいのさ、と兄は答えた」
 兄妹の、まるで道行きのような遠足。しかし、帰りのロープウェイに兄は乗らなかった。キップ一枚とポケットのお金をすべて妹に手渡し、雪が降りしきるなか、自分は遊歩道を歩いて下ると言う。不安を抱きつつ下の発着場で妹は六時間待ったが、ついに兄は姿を現さない。妹は、山頂で観光客と一緒に眺めた初日の出を思い出す。真新しい太陽は、雪の街の輪郭を鮮明にする。人々は嘆声を漏らすが、兄は沈黙していた。その沈黙の意味を妹は振り返る。
「そうだった。あの時、わたしはこの街が本当はただの瓦礫のように感じたのだ。それは一瞬の痛みの感覚のようだった」
 血縁からも時代からも街からも取り残された兄妹の哀切が、無人となったロープウェイ発着場で降る雪のように読む者の胸に積もっていく。(p.165-166)

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