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イソクラテスの修辞学校

イソクラテスの修辞学校―西欧的教養の源泉
広川洋一
講談社学術文庫、2005.7

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後継学―戦国父子に学ぶ

後継学―戦国父子に学ぶ
加来耕三
時事通信出版局、2006.12

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プラダを着た悪魔

プラダを着た悪魔(DVD)
監督: デイビッド・フランケル
出演: メリル・ストリープ, アン・ハサウェイ, エミリー・ブラント, スタンリー・トゥッチ

ジャーナリスト志望の主人公が間違ってファッション誌RUNWAY(VOGUEのパクリ)に入社したことで起こる様々な物語。

主人公がダサイ服を捨ててブランド服に身を包んだ瞬間に周囲の目が変わり、それを境に仕事もこなせるようになっていく、という場面が印象的。
また、ザ・ターミナルで悪役だったスタンリー・トゥッチが、今回は格好のよい役。

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幽霊たち

幽霊たち
ポール・オースター、柴田元幸訳
新潮文庫、1995.3.1

「まずはじめにブルーがいる。次にホワイトがいて、それからブラックがいて、そもそものはじまりの前にはブラウンがいる。ブラウンがブルーに仕事を教え、こつを伝授し、ブラウンが年老いたとき、ブルーがあとを継いだのだ。物語はそのようにしてはじまる。舞台はニューヨーク、時代は現代、この二点は最後まで変わらない。ブルーは毎日事務所へ行き、デスクの前に坐って、何かが起きるのを待つ。長いあいだ何も起こらない。やがてホワイトという名の男がドアを開けて入ってくる。物語はそのようにしてはじまる。」(p.5)

このようにして始まる本書は、登場人物が色の名前で呼ばれることで、すべてが現実感のないいわば「幽霊」として描かれる。ブルーはホワイトにブラックを監視する仕事を依頼されるが、いつまでたっても何も起こらない。次第にブルーはいらだちをつのらせていく。

「君は私にとって全世界だった。そして私は君を、私の死に仕立て上げた。君だけが、唯一変わらないものなんだ。」(p.118)

確か、「読むことの力」で出てきて読みたくなった本。

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笙野頼子三冠小説集

笙野頼子三冠小説集
笙野頼子
河出文庫、2007.1.10

「タイプスリップ・コンビナート」(芥川賞)、「二百回忌」(三島賞)、「なにもしてない」(野間文芸新人賞)の三作品を一冊に収めた文庫。
それぞれ絶版になったため入手困難だったものを再出版するためにこのような変則的な形になった。というか、芥川賞受賞作でさえ、十年もたつと絶版になってしまうほど日本の出版事情が厳しいというのは困ったことだ。

で、本書は「読書の腕前」にあった「鶴見線に乗って読む『タイムスリップ・コンビナート』」の項を読んですぐに書店に買いに行った。

 京浜東北線「鶴見」駅から延びる「鶴見線」は、いくつかの支線を持つ海浜の工業地帯を走る線で、第一の終着駅「海芝浦」駅まで十分ほどしかかからない。本を読むには短すぎるが、しかしほかでは味わえない体験ができる。[中略]つまり、核戦争によって人類が死に絶えた後のような近未来の姿を想像させるのだ。[中略]  笙野頼子の芥川賞受賞作『タイムスリップ・コンビナート』は、まさしくこの「鶴見線」乗車をそのまま描いた小説だ。私は、この小説を読むためだけに「鶴見線」にわざわざ乗りに行ったこともある。(「読書の腕前」、p.159-160)

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ニッポンの小説ー百年の孤独


高橋源一郎
文藝春秋、2007.1.10

明治維新とともに生まれた近代文学について、フタバテイを「百年の孤独」の魔術師にたとえ、「百年後にまた無の中に消え去る」運命にあるのかを様々な小説・詩・批評を引用しながら講義形式でつづる。
高橋の興味は個々の小説の内容にあるのではなく、百年の歴史をもつ「ニッポンの小説」に共通する要素、あるいは構造、を解き明かしながら、小説の将来を考えることにあるように見える。

ある部分ではそのキーワードの一つとして「死者」が挙げられている。文学は、「死者たちのため・死者たちに代わって」代弁していると考える小説家によって、生者たちの『政治的正しさ』を証言するために、「歴史の法廷」に「死者たち」を証人喚問してきた。しかし、それは、存在論の語法を使うことによる暴力に他ならない。
「わたしの考えでは、『存在論の語法』とは、何ものかを『存在』させようという語法です。そして、『文学』における、そのもっとも有効なやり口を、わたしたちが『リアリズム』と呼びならわしてきたことは、あなたたちもご存じのはずです。」(p.211)

また、ある部分では、その発祥は同根である詩と小説が対比される。
「『ニッポンの詩』は、百年の時を経て、〈価値〉に、いや〈価値〉のみが存在する世界にたどり着いた。だが、『ニッポンの小説』はいまも〈意味〉をもっとも重視する。」(p.392)
「だが、小説は、完全に〈無意味〉になることはできない。いや、完全な〈無意味〉には、耐えられない。だから、無意味に包囲されながら、『ない』表現で包囲されながら、ただ一つ、『小説』が〈意味〉として突出する。」(p.393)

さらにあるところでは、フタバテイが魔術師になりえたのは、彼がロシア語と日本語を知っていたから、と次のように述べる。
「二つの言語を知る、ということは、言語の構造性に否応なく気づいてしまう、ということなのです。」(p.416)

高橋は、小説について語りながら、言葉が持つ力、言葉を自由に使っていると思いながら、実際には言葉に使われてしまうという言葉の不思議な性質についてとても深い関心を寄せていて、最後はそこに行き着いている。
まとまった結論があるわけではなく、様々に思考が寄り道しながら進んでいくが、それがとても面白く読めるようになっている。

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読書の腕前

読書の腕前
岡崎武志
光文社新書、2007.3.20

「古本道場」の著者による本の読み方の本。ベストセラーは10年後、20年後に呼んだ方がおもしろい、今ほど古本がやすい時代はない、など本にまつわる話のほか、著者によるおすすめの本の紹介。
芥川賞候補のなんども挙がりながら受賞を逃し、ついに自殺した佐藤泰志についての部分は、著者の情感のある文章もあって、読みたくなる。

 『海炭市叙景』は、佐藤の故郷である函館を思わせる、北にある海辺の町・海炭市が舞台。[中略]
 最初の一篇「まだ若い廃墟」には、六畳ひと間のアパートに、親も身よりもなくひっそりと暮らす若い兄妹が登場する。ある年の暮れ、職を失った二人はあり金をかき集め、初日の出を拝むために山に登る。ロープウェイで頂上まで行き、展望台のラウンジで兄はビールを飲んだ。妹も少し口にした。ハメをはずしても許されそうな特別な一日だった。
 「今日から兄さんの女房ね、と軽口を叩いた。願いさげだね、と兄はいった。罰があたるわよ、とわたしはまだ軽口を続けた。罰?そんなものいくらでもあたればいいのさ、と兄は答えた」
 兄妹の、まるで道行きのような遠足。しかし、帰りのロープウェイに兄は乗らなかった。キップ一枚とポケットのお金をすべて妹に手渡し、雪が降りしきるなか、自分は遊歩道を歩いて下ると言う。不安を抱きつつ下の発着場で妹は六時間待ったが、ついに兄は姿を現さない。妹は、山頂で観光客と一緒に眺めた初日の出を思い出す。真新しい太陽は、雪の街の輪郭を鮮明にする。人々は嘆声を漏らすが、兄は沈黙していた。その沈黙の意味を妹は振り返る。
「そうだった。あの時、わたしはこの街が本当はただの瓦礫のように感じたのだ。それは一瞬の痛みの感覚のようだった」
 血縁からも時代からも街からも取り残された兄妹の哀切が、無人となったロープウェイ発着場で降る雪のように読む者の胸に積もっていく。(p.165-166)

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新聞社―破綻したビジネスモデル

新聞社―破綻したビジネスモデル
河内孝
新潮新書、2007.3.20

タイトルの通り、新聞の販売至上主義のビジネスモデルが破綻している現状を、毎日新聞の元取締役が書いた本。実際には売れていない部数を押し紙として販売店に流し、様々な補助金によって流通を支える構造が、タコが自分の足を食べるのと同じ構図になっていて、新聞社は将来間違いなく破綻する危機にあることが描かれる。また、本来多様な意見を保障するもとのしての「マスメディア集中排除原則」が、逆に新聞社によるテレビ、ラジオの支配を招き、日本では実際にはほとんど多様な意見がないことが示される。
著者が新聞業界に対して示す第三極という方策は、少し現実離れしているように思うが、近年の捏造問題等の要因の一端を知るにはいい資料。

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議論法―探求と弁論

議論法―探求と弁論
ジョージ W.ジーゲルミューラー 、 ジャック・ケイ、
九州大学大学院比較社会文化学府言語コミュニケーション研究室 (翻訳)
花書院、2006.3.20

Argumentation: Inquiry & Advocacy(3rd ed. Allyn & Bacon, 1997)の翻訳書。
ディベートをより大きな議論法(argumentation)という枠組みの中に位置づけた上で、議論を構成する各要素について解説する。ディベートの教科書ではあるが、単なる技術的な解説書ではなく、「ディベートをするということはどういうことなのか」についてより大きな視点からの理解が得られるように構成されている。

本書はその内容自体も大変有用であるが、巻末にある英和対照の用語集と索引は、これだけでも本書を購入する動機として十分なほど充実している。なかなか日本語としてなじみにくい議論法の用語をなるべく自然に訳すことは、苦労の多い作業であったはずだが、その苦労は十分に報われているといえよう。

原書もamazonで購入できるが、財布に余裕のある人向け。

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花とアリス

花とアリス 通常版(DVD)
監督: 岩井俊二
出演: 鈴木杏、蒼井優

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不動心

不動心
松井秀喜
新潮社新書、2007.2.16

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ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2

ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2
東浩紀
講談社現代新書、2007.3.16

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MacBook Pro

学生証の有効期限最後の3/31、MacBook Pro 15inch/2.33を学割で購入。
OSX10.5やらSanta Rosaやら新しいproduct lineがすぐそこなのは十分承知の上。
PowerBook G4 12inchで不自由しているわけではないのだけれど、
学割10%引きと、parallels/bootcampの誘惑に負けてしまいました。

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