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編集者という病い

編集者という病い
見城徹
太田出版、2007.3.7

 幻冬舎の創業者である見城徹の自叙伝。角川春樹に見出されて最年少の役員になりながら、コカイン密輸事件による角川の社長解任に伴い退社。わずかな仲間と共に幻冬舎を創業。石原慎太郎の「弟」、郷ひろみの「ダディ」などベストセラーを多数出版してきた。
 その見城が、自らの編集者人生を振り返る。自分がこれと信じる著者の本を出版するために、自分の全てを賭けて著者と切り結び、時に返り血をあびながらも絶対の信頼を得るその魂は、未だ他の編集者の追随を許さない。特に尾崎豊との道行きは、壮絶にして美しい、男同士の愛さえ感じさせる。他にも、坂本龍一、石原慎太郎、村上龍、五木寛之など現代の錚々たる才能との交流の記録は、いかに見城が編集者として優れた才を持っているかの証左に他ならない。
 しかし、幻冬舎の成功は、単に見城の才のみによるのではない。「新しく出て行くものが無謀をやらなくて、一体何が変わるだろうか。」この言葉に込められた覚悟こそが、常に霧に曇った道を新しく切り開く原動力となっているのだ。それを示すように、彼の好きな言葉は、「これほどの努力を、他人(ひと)は運という」。

 本書は、ただ一つしかない人生に、彼ほど真摯に向き合っているか、読者自身に問うことを迫る。

「僕はつねづね、売れるコンテンツ(本であれテレビ番組であれ)は四つの要素を備えている、その必要条件を満たすものは必ずヒットすると思っています。1. オリジナリティがあること。 2. 明解であること。 3. 極端であること。 4. 癒着があること。」(p.10)
「いつも思うんだけれど、どんな世界でも、大家の三人……それは政治でもスポーツでも芸能でも、作家の世界でも財界でも何でもいいんです。その世界で決定的に大物だといわれている三人に対して必死に食らいついて、その三人にかわいがられる。そして、自分の目で見て、これは絶対にすごくなると思う新人を三人。この三人と三人を押さえれば、真ん中はむこうから入ってくる。」(p.147)
「誰の真似もしなかったし、誰にも真似はできなかったと思う。自分の人生がそのまま仕事に反映するわけだから、僕になろうなんて、無理です。僕は僕の人生を生きるしかない。つまり、他の編集者も、それぞれに生きていくための重い理由があって、その重さこそが作品をつくり出していくわけだから。」(p.274)
「相手が百やってほしいことがあれば、僕は『わかりました』といってそれが当然のように百をやりますよ。僕自身がどうしてもやってほしい一つのために百をやる。百対一の一を、いつ、どんな言葉で繰り出すか。僕が切った一枚のカードを絶対に捨てさせないための機会とタイミングをどんなときでも窺っているんです。」(p.285)

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