『あの頃の想いと優しい夏休み-京都寺町三条のホームズ(11) 』

『あの頃の想いと優しい夏休み-京都寺町三条のホームズ(11) 』
望月 麻衣
双葉文庫、2019/1/10、¥680(有隣堂亀戸)

話の筋とは直接関係ないような、今までの積み残しのような間の話を入れた感じ。葵の同級生香織のホームズの父への淡い恋の終わりと、円生がホームズの弟子になる話、そしてホームズ絡みた葵が初めて店に現れた時の思い出。

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『自分思考』(再読)

『自分思考』
山口 絵理子
講談社+α文庫、2016/5/20、¥713(有隣堂亀戸)

初読と思って読んでいるうちに再読に気づいた。
マザーハウス社長の経営哲学。20歳以上若いが、自分より多くの経験をしている経営者でとても真似できないが、参考になる点が多い。

▲一歩でも半歩でも踏み出してみることと、その場に立ち止まって考えている能登では、雲泥の差がある。半歩でもいいから踏み出せば、道がなかった場所に道を作り始めたというわずかな自信がつく。(p.75)

▲朝から晩まで常に力を入れて、全てに目を配っているような姿勢だと、面白いアイデアも生まれなければ、ビジネスの様々な場面で飛んでくる変化球に対応することもできなければ、ハードルがあってもジャンプできない。[略] 自然体でいると眼に映るもの、耳で聞くもの、心で感じるものがスーッと身体に入ってくる。(pp.115-116)

▲失敗とは、自分自身が本来できたはずのことをやらなかったり、一歩踏み出せば何か見えたはずなのにその一歩を踏み出さなかったこと。(p.124)

▲私の「失敗」に対する考えは結構一貫している。それは「継続をやめた時点で生まれるもの」だ。そして「失敗の数だけ成功を大きく、そして価値があり、長く続くものにする」ということ。同時にその裏にあるのは「失敗がないストレートな成功は成功じゃなくてただのラッキー」っていう感覚。そして失敗も成功も、どこまで続けるかの問題だ。(p.138)

●最後、進むかどうかを決めるのは正しさではなく、自分の心。(p.175)

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『12 Rules for Life: An Antidote to Chaos』

12 Rules for Life: An Antidote to Chaos
Jordan B. Peterson
Random House Canada、2018/1/23、¥1,500(Kindle)

序章: 本書は、主に質問サイトQuoraに掲載し人気のあった人生のルールに関する本で、はじめ40ほどあったルールが最終的に12になった。

rule1:背中をまっすぐにして立て。 ロブスターの世界では何億年も前から、戦いに勝った雄が領地を全て取り、雌を全て独り占めしてきた。それは人間も同じことが言える。音楽の世界では四人の作曲家のさらにその一部の作品が圧倒的に演奏される。小説の世界でもごく僅かの人気作家が売れる小説のほとんどを占める。僅か数十人の最も金持ちが、下から数十億人と同じ金を持つ。この法則は何億年も昔から変わらない。
自然は選択する。生物、社会、文化全てにおいて。永続するものが自然選択されたもの。dominance hierarchyは、ここにも適用する。ロブスターと同じように優位なものはセロトニンを多く産生し、劣位のものは少ない。 劣位の者は常にストレスを抱える一方、優位の者は、安定した地位を保つ。
体はオーケストラのようなものでルーチンが大事。毎日同じ時間に起床就寝し、朝食を食べるだけでかなりのメンタル患者は改善する。 体を縮め、自信なさげにすると、社会でそれにふさわしい地位が与えられセロトニンは減少し、ストレスが増す。だから背筋を伸ばして立ち、人生の責任を背負う覚悟を持ち、セロトニンを増やし、自分の地位を築く人生にしよう。

rule2: 他人の世話をするように自分の世話をする。 人間ばなぜか必要なことをしないことがある。例えば腎臓移植患者はしばしば免疫抑制剤をそれが致命的に必要であるにもかかわらず飲まないことがある。人が安心していられる状態は秩序で、神がそのように作った世界。だが一度それが崩れるとカオスとなり、大昔からの本能的な反応を引き起こす。 秩序とカオスは本質的で、どちらか一方だけでは存在しない。
創世記にはカオスとして蛇が描かれる。パラダイス(古代イラン語で囲まれた場所)がどんなに守られた場所でも、そこにカオス=蛇は侵入する。最悪の蛇は悪事を好む人間の性癖。イブは知恵の実を食べ、アダムにも食べさせる。そして自らが裸であることを知る。 患者が薬を飲まないのは悪を内包する人間の本性。
蛇は人間は知識を得ると言った。それは何か。犬や猫は獲物を狩るが、それは彼らのせいではない。人間はどのように他人を傷つけ、利用するか知っている。それが知識であり悪である。 堕落前の人間にとって善は、神に与えられたものだったが、堕落後それは自ら勝ち取るものになった。聖書全体は、堕落後の人間がいかに悪から逃れるかの解決について書かれている。 あなたは自身をあなたが助ける責任のある誰かのように扱うことから始めよう。

rule 3: あなたの最善を望む友人を作ろう 古い友人がいて、町の外に出てから会った時マリファナ漬けになっていた。その後彼は自殺した。失敗は繰り返す。同じことをすれば同じ失敗を蹴り返す。いい友達を作るのは難しいがいい友達を作ろう。

rule 4 今日の自分ではない誰かとではなく、昨日の自分と今日の自分を比べよう
何を目指すかが何を見るかを決める。人間の視覚は貴重なので人間は本当に必要と自分が考えたもの以外に対しては盲目になるし、実際人間はほとんどのものに対して盲目だ。しかも自分が盲目であることについてすら盲目だ。だから何を見るか、目指すかを決めることが大事。
注意を払え。自分を今日の他人と比べず、昨日の自分と比べろ。 rule 5 あなたが子供を嫌いになるようなことを彼らにさせるな 1960年代の若者の過剰によって大人への軽蔑が生まれ、未熟による混乱と責任ある自由の区別ができなくなった。 チンパンジーは殺し合いをする。人間も同じだ。731部隊をみよ。イギリスは10万人に1人が毎年殺される。世界でも同様。子供は訓練され社会化されなければならない。
暴力が自然で、平和的なものは学ばれなければならない。 脅しと罰はのぞましくない行動を止める一方褒めることは望ましい行動を強化する。 眠れる森の美女は、回りを良いものだけで囲まれ、大人になるための悪いことについて学ばなかったため眠った。
社会性を身につけさせるために子供をしつけなければならない。さもなければチンパンジーの階級と同じになる。 必要最小限のルールでしつけよう。体罰はいけない。親が責任を逃れれば、誰か他の人がよりひどい形で子供に社会を教えることになる。

rule 6 世間を批判する前に家の中を綺麗にしろ 人生の理不尽を解決するには、どうするか。アメリカでは3年間に1000人もの人が殺された。「信じられない」と人は言うがいつまで知らないふりをするのか。目を開けた人が世の中への怒りを避けるためにはどうすれば良いか? ひどい環境やひどい親に育てられながらそれを反面教師にする人もいる。ニューオリンズはハリケーンで沈んだ。オランダは1000年に一度のハリケーンに耐えられる堤防を作った。自然は起こるが、それに準備をすることはできる。もし成功にあぐらをかいているならば、考えを変える時だ。 もし自分が間違えたことをしていると思うならそれを止めることから始めよう。生活をきれいにしよう。

rule 7 意味のあることを追求しよう
人間は、今我慢して将来満足することを覚えた。将来は審判する神となった。マンモスを全部食べられないから人にあげればそれは将来のマンモスになって返ってくる、そしてそれは人望になる。
人生の中心的課題は、苦しみを減らすために何をどう犠牲にするかではなく、苦しみと「悪evil」を減らすために何をどう犠牲にするかだ。 サタンとは犠牲の否定を具現化したもの。キリストが砂漠でサタンの誘惑を退けたのは比喩的に人間が悪をどう退けるかを述べたもの。
キリスト教はそれまでの人間の野蛮さを抑えることによって、それがあったことすら忘れさせ、人間の関心を科学に向けさせた。そしてそれこそがキリスト教の権威を落とす原因となる。
デカルトと同じように何が信じるに足る確かなものか深く悩んだ。そして苦しみこそ確かに存在するものと考えた。人間はそもそも圧倒的なevilをする能力を持っている。ならば、善とは、それを阻止すること。助けろ、絶えず慎重であれ、そして嘘をつくな。その場しのぎではなく意味のあることをせよ。

rule 8 本当のことを言え、少なくとも嘘をつくな 自分を観察すると、驚くほど本当のことを言っていないことに気づいた。偏執狂患者と話すとき、本当のことを言うことが大切。
本当のことを言え。自分がすでに知っていることで止まるな。自分の知らないことに挑戦しよう。
欺瞞が人を惨めにし、怒りと復讐心を生み、人類の災禍を起こす。欺瞞がスターリンや毛沢東による虐殺を引き起こした。欺瞞の危険は今もある。 ニーチェが言う通り人間の価値はどれほどの真実に耐えられるかだ。なんであれ野心を持とう。
人生は苦痛だ。ブッダやイエスが言ったように。ヒトラーが言うように人は大きな嘘に進んで騙される。嘘は世界を駄目にする。否、それこそが嘘の目的。 真実は存在に現実味を与える。真実は尽きることのない資源で暗闇に灯をともすもの。だから真実を話そう。少なくとも嘘をやめよう。

rule 9 あなたが耳を傾ける人にはあなたが知らない何かを知っているかもしれないと考えよう 精神療法は、ひたすら聞く。
独身バーに行ってレイプされたと訴える患者に、心理内科医としての自分の理論を当てはめて話し、それを真実と患者に思い込ませることはできた。しかし、自分はその代わりにただ聞くことにした。彼らの問題を私が盗むのではなく彼ら自身の問題だとするために。彼女は結局のところ初めより良くはならずにセラピーから離れたが、少なくとも私の思想の体現者とはならずにすんだ。 人はさまざまなことを自分の分身に託して考えることでそれが成功するか失敗するかを想像できるが、それは負担が大きい。考えることが苦手なら話せば良い。だがそれを聞く人が必要だ。 患者に影響を与えないためになるべく話したり反応を与えないようにする。時々は話の妥当性を保つために話す。2人の人間がお互いに真実を話し、そして聞く。それが心理療法の過程だ。聞くことは大事。カールロジャースの、相手の言ったことを正確にリピート出来てから自分の話をする訓練は有用。先入観なしに聞くことで、驚くべき話を聞ける。 会話における男女の違いはよく言われる。男は解決を急ぎすぎる。女はまず全体を正確に描こうとする。講演において、聴衆はいない。いるのは、個人の集まり。 最高の会話は音楽を聴くようなもの。あなたの相手があなたの知らない何かを知っていると考えて話を聞こう。

rule 10 正確にスピーチしよう
車は、普段動くのが当たり前のものが壊れて動かなくなって初めてそれが物だと認識する。同じように、世界は、それが想定される動きをしなくなった時に初めてその複雑さがあらわになる。 妻は、自分の夫が他の女性とカフェで親密にしているのを見て初めて自分の世界が不確かなものだと認識する。 ジャックケントの「びっくりドラゴンおおそうどう」という本が私は好きだ。ある日ビリーのベットに猫の大きさの竜を見つける。母親に言うと「竜なんていない」という。あっという間に竜は家いっぱいになり、母親は窓から家にいる出入りしなければならない。やがて竜は家ごと動き出す。父親が帰ってきて家を追いかける。母親はまだ竜なんていないというがビリーが「ママ、竜はいるよ」と言った途端竜は猫の大きさに戻る。竜のことを認めた母親がなぜこんなに大きくなったのかしら?と言うとビリーは母「多分気づいて欲しかったんじゃないかな」と答える、と言う話だ。 多分!家庭の混乱は少しずつ進む。あなたの起きてほしくないことはあなたの起きてほしくない時に起こる。問題を特定することが解決に繋がる時になぜ特定しようとしないか。特定すると問題が存在する事を認めることになるからだ。 もし私達が起きた混乱を正確に話すことができれば、物事を再構築することができる。
正確さが重要。正確さが起こってしまったひどいことと、起こったかもしれないけれど実際には起こらなかったひどい事を弁別する。 人生の中でA地点からB地点に行こうとする時、実際にあなたがA地点にいることが正確に分からなければどこにも行くことはできない。自分の間違いを正確に述べてそれを正そうとしなければならない。

rule 11 子供がスケートボードをしている時に邪魔するな 職場の前の階段に沿った手すりの上を子供達がスケートボードでジャンプして滑っていたものだ。ある時は成功した、ある時は失敗した。いずれにせよ賞賛すべきことだ。人間は危険を冒して何かを達成することが一番安全になる。 我々は危険にチャレンジするようにできている。過保護の状態では我々は危険が迫った時に、そしてそれは必ず起こるが、失敗する。
友人だったクリスはいつもうまくいかなかった。人生に怒っていた。私と妻は同じアパートに住んでいたが、妻は赤ん坊としばらく出て行った。その後ボストン、トロントに引っ越した後クリスから、自分の話を出版すると連絡があった。彼は才能があったが、車を森に突っ込みガスで自殺した。 TEDに呼ばれた時自分の前に話した教授も中国の例を引き合いに出しながら、人生の恐怖に怯えていた、クリスほどではないにしろ。 人類は地球を破壊できないとハクスリーが言ってからいくらもたっていない。レイチェルカーソンの沈黙の春からでさえ50年しか経っていない。オリンピックの金メダリストが50年前に今のメダリストを見たら超人だと思うだろう。 今や女性が大学学科の50%以上を占め、The Economistが言うように男こそ弱い性なのだ。男子は女子より同意共感する能力が低く、鬱に弱い。男の興味はものに向かい、女の興味は人に向かう。生物学的な影響は明らかだ。スウェーデンで男女平等を目指しても結果が正反対になっていることでも明らかだ。データが示している。男子は女子と対等で本気のゲームはできない。勝っても負けても惨めだ。反対に女子は男子に勝っても問題ない。結局そのような状況から男子は離れる。 大学はそのようなゲームになっている。理系を除けば女子は圧倒的に多い。80%は女子だ。そしてそれは男子にとってだけでなく女子にとってもよくない。
女性の多い職場で働く高学歴の女性はデートすら難しくなっている。女性は自分より上の男を、男は自分より下の女と結婚したい。しかしより多くの女性が大学に行くようになってそれは難しくなっている。
文化は抑圧的だがそれだけと思うのは危険だ。ある価値の追求は必然的に勝者と敗者を生む。絶対的平等は逆に価値そのものを犠牲にする。 家父長制は女性を抑圧してきたという。歴史上初の生理用品を開発した男性は女性を抑圧したのか、それとも自由にしたのか。避妊ピルを開発した男性はどうか。なぜ我々は我々の文化が男性による抑圧の結果だと若者に教えるのか。 このような学問はいくつかあるうち主要な一つはマルクス主義だ。ホッケンハイマーは個人主義や自由主義など西洋の原理は不平等支配搾取の隠れ蓑に過ぎないと主張した。デリダもマルキストを自称した。マルクス主義は理想主義の学者を魅了したが、結果はどうか。ソ連ベトナムなどは失敗し、最後の共産国家北朝鮮同様の抑圧と腐敗を生んだだけだった。
スペイン内戦に欧米の若者が共和派で戦い、その間ソ連は忘れられた。富農はシベリアへ送られて、ウクライナでは600万人が餓死した。 欧州のインテリはヒトラーと戦う同盟であるソ連に手ぬるかったが、マルコルムマゲリッジなどスターリンの現実に気づいていた人間はいた。オーウェルの動物農場はスターリンの現実を描き出した。それでもフランスのインテリはソ連に対して盲目だった。 ソルジェニーツィンの収容所列島により初めてソ連の真実が欧州そしてソ連内部に周知された。しかしサルトルやデリダはマルキストであり続けた。 うまく機能している社会において地位を決めるのは力ではなく能力である。西洋で長期の成功に資するのは知性と良心である。
社会的構造が男女間の差異を生むのではなく、結果としての不平等を排除しなければならないと考えるからその結果として男女間の差異は社会的に構成されたと考えなければならなくなるのだ。 平等とは計測されなければならないが、例えば同一労働同一賃金の問題において、そもそも同一労働を決めることはできない。だからこそ労働市場が存在する。男女、黒人白人女性、インディアンでさえ何種類もの部族がある。それらを平等に扱うためにどんなパラメータを使うのか。集団のアイデンティティは最終的には個人のレベルまで細分化される。出生時に分けられた一卵性双生児は家庭環境でIQが15ポイントも変わる。 差異を解消しようとする努力は得てして限界を超える。文化大革命を見ればわかるだろう。 怒りが多いのが問題ではなく少なすぎるのが問題だ。そのような人に怒りが湧くのは利用されたと感じた時と、責任の成長を求められた時。そのような時は怒りを表明しなければならない。
ヘンゼルとグレーテルの魔女は女性の暗いフェミニン、恐るべき母を象徴する。恐るべき母は様々なおとぎ話に出てくる。眠れる森の美女でも、過保護によって守られたオーロラ姫は結局目覚めることなく、王子によって目覚めさせられる。アナと雪の女王では男は不必要というかもしれない。
現実に肉体労働はほとんど男に担われている。 優しさと無害さだけが許される美徳となった時、厳しさと支配は無意識の魅力となる。
女性は自分よりタフで頭の良い男を求める。タフで頭の良い女性は、もっとタフで頭の良い男を求める。それは男を見つけることを困難にする。もしタフな男が危険だと思うなら、弱い男が何をできるのか見るまで待てば良い。 男の子がスケートボードをしている時には邪魔をしてはいけない。

rule 12 道で猫にあったならその猫を可愛がりなさい。犬でもいい。 社会心理学者のヘンリータジフェルは、スクリーンに映る数字を被験者に読み取らせ、大きな数字を言ったvs少なく言った、正解したvs不正解、のグループにわけ、お金を分けさせたところ、自分と同じグループに多く配分することを見つけた。この実験は、人間が社会的でありかつ反社会的であることを明らかにした。
娘は子供の頃は快活だったが、しばらくしてふさぎ込むようになり、リューマチと診断された。このようなことは信者でも無神論者でも等しく起こる。 自分の足する息子を傷つけないために彼の背を高くしたり、鋼の体にしたとしたら、それはもはや彼ではない。人間はその限界と共にある。 娘のリューマチは酷くなり、医師はステロイドを提案したが、副作用が大きいことから、それまでは大人にしか処方されていなかった薬をカナダ人の子供で始めて使用した。するとどうだろう、治ったのだ。其の後しばらくして再発し大腿骨の手術が必要になった。 私は、進行癌の夫を持つ患者と話した時、人生の脆弱さと存在の終焉について話した。
禅の公案を考えよう。全知で遍在し、全能の存在に欠けたものは何か?それは制約だ。あなたがそのような存在ならあなたはどこにも行けず、何者でもない。だから神は人間を作った。 かつてスーパーマンはあまりに全能になったため行き詰まり、のちに合理的な制約を設けることで生き返った。制約のないものはひーろーでもなんでもない。存在は何かになることを要求する。それは制約のあるものにのみ可能だ。 存在の苦しさは思考では乗り越えられない。気づくこと。
娘のミカイラは、リューマチで大腿骨の骨を痛め、人工骨に入れ替えたが痛みを抑えるためにアヘンを使った。しかしそれが効かずT3、リタリンを使った。地下鉄で移動できなくなりスクーターに乗るようになった。転倒の危険はあるが、移動できることが重要だった。 足首の骨が崩れ、痛みを抑えられなかった。世界中人工骨入れ替えできる治療を探した。手術後痛みを抑えるのにアヘンは耐性があるため使えず、他の薬を減量して離脱症状に苦しんだ。 我々は毎日の問題に対処するために話した。それ以上のことを話すと消耗するからだ。心配を司る脳は、プランの詳細ではなくプランがあることにフォーカスする。健康な時は何年先のことも考えられるが、痛みに苦しむ時考えられるのは今のことだけ。 人間は強くできていて、気をつければ痛みに耐えることができる。だが存在の良い面を見なくなったら本当の負けだ。
犬は階級を重んじ、人間になつくが、猫は自分の行動を自分で決める。猫に会うと何かしら起こる。 ミカイラは新しい理学療法士にあった。40分間の治療で足首は正しい位置に戻り、痛みは消えた。人工関節は良く曲がっている。彼女は結婚して出産した。物事はうまく行っている。今のところは。 カリフォルニアの友人と会った時、彼は先端にライトのついたペンを使っていた。ふと我々の人生はそのようなものではないかと思った。光によって書かれた言葉に我々は導かれる。友人からペンを譲り受けてとても喜んだ。
正しいと主張するだけでは離婚するだけ。真摯に謝り、少しでも前に進むよう話し合う。 ライトペンで何を書くか考え、魂に刻み込みたい言葉をノートに書いた。
崩壊を防ぎだけば自分のイデオロギーを正当化する議論ではなく、見たままの事実に目を向けなければならない。 新しいものを置く前に腐ったものを見つけなければならない。正しい存在は、状態ではなく過程だ。 自分の持っているものが嫌いな時はどうするか?持たざる者に想いを馳せ、感謝するよう努力せよ。あなたの進歩が、機会がないことでなく傲慢なために目の前にあることに気づかないことで妨げられているかもしれないと考えよう。 疲れて忍耐のない時はどうするか?長く伸びる救い手を感謝して受け入れよう。 次の差し迫った瞬間にはどうするか?次の一手に集中しよう。

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2018年の8冊

2018年に読んだ79冊から選んだ今年の8冊。
英語学習、Kindleでの英語本を読んだことなどで時間が取られ、100冊に到達しなかった。

1.『ギリシア人の物語I - III』:都市国家が歴史の主人公になってからその衰亡までわずか数十年の濃縮された歴史に民主政の利点と欠点を学ぶことができた。
2.『さいはての中国』:大国化した中国の表からこぼれ落ちた日の当たらない人々を知ることができた。
3.『帳簿の世界史』:再読。帳簿組織、簿記こそが経済のみならず政治を支配したことを再認識した。
4.『鴨川食堂1-5』:京都東本願寺そばの食を探す探偵という設定で楽しく読めた本。
5.『A Gentleman in Moscow』:革命後ホテル軟禁になったロシア貴族の一生を描いた本。
6.『英語リーディングの探究』:難解な英文の読解を学ぶことができた。
7.『王妃の帰還』:女子中学生のスクールカーストの厳しさを知ることができた小説。
8.『笑う書店員の多忙な日々』:四谷の書店で働く書店員に起こる様々な難題を面白く描いた小説。

軽い小説、ノンフィクションなどバランスよく読めたと思う。

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『ちょっと今から仕事やめてくる』

『ちょっと今から仕事やめてくる』
北川恵海
メディアワークス文庫、2015/2/25、¥572(BO108)

ブラック印刷会社に勤める隆は線路に飛び込もうとしたところをヤマモトと名乗る男に救われる。その後、ヤマモトは3年前に自殺したことを知り、真相を知るため大阪の実家を訪ねる。そして隆は会社をやめる。

一息に読めた。なかなか現実は自殺を引き止めることは難しく、本作のようにはいかないだろうと思いながら、それでも希望として読むことができた。

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『四月一日(わたぬき)さんは代筆屋』

『四月一日(わたぬき)さんは代筆屋』
桜川 ヒロ
宝島社文庫、2018/10/4、¥691(有隣堂亀戸)

広島県熊野町。そこにキツネとタヌキに似た男と男女二人の高校生が営む古い文房具屋と併設する代筆屋がある。色々な悩みを持つ人がそこを訪れ代書を頼む。

ツバキ屋文具店のパクリかと思ったが、時系列が前後したり、ややオカルトが入っていたりして若干流れに乗るのに苦労した。読み終わってみればなるほどそういうことかという結末だった。

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『マウス』

『マウス』
村田沙耶香
講談社文庫、011/3/15、¥596(BO360)

小学5年になった田中律は、クラス変えで一人誰とも話をせず、時々どこかにふらっといなくなる瀬里奈の後をつける。トイレの用具入れに隠れていた瀬里奈にくるみ割り人形の話を聞かせると、彼女は主人公のマリーを演じるかのように性格が変わり、クラスの中心人物になる。

大学生になった律は、クラス会に行く途中に瀬里奈に会い、彼女がまだ毎日出かける前にマリーになることを知る。くるみ割り人形を読むのをやめるように言う律は、彼女が閉じ込められていたのではなく自分が狭い世界に閉じ込められていたことを知り、違う世界へ飛び出そうとする。

自分を目立たないマウスという律が、瀬里奈によって変わっていくジュブナイル小説。不思議な空気感のある小説で、世界をしっかり掴む前に読み終わってしまった。村田沙耶香はこういう小説を描く人なのかな、と面白く感じた。

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『鴨川食堂はんなり』

『鴨川食堂はんなり』
柏井 壽
小学館文庫、2018/4/6、¥659(有隣堂亀戸)

鴨川食堂シリーズ第5巻。
三年前振られた彼に連れて行かれた京都の食堂の親子丼を探すインスタ映え命の女性。
京大在学中中華料理店でバイトしていた息子が家に持ってきた焼売をその時食べず、その後息子が交通事故で亡くなったためその焼売を探す母親。
何をしてもうまく行かず、昔両親を事故で失い、その後妻子も事故にあった時に自分だけ生き残り、家族と食べたきつねうどんを探す男。
お見合いで結婚した夫がずっと家で夕飯を食べなかったことで離婚したが、元夫が倒れた後、夫はずっとあるおでんやでずっと大根を食べていたことを知り、理由を知りたくてその大根を探す女性。
親友と登山した時に雪で道に迷い、その時に食べた芋煮をそこへ行って探すが探しきれず、鴨川食堂に依頼にきた理系の男。
夫を早くに亡くした女性が、晩年になって上高地で出会った男性が作ってくれると言って結局食べさせてもらえないままこの世を去ったため、一体どんなハヤシライスだったかを知るために鴨川食堂にきた男性。

解決まで3週間かかったり、オカルトが出てきたり、今までとは少し趣の違う話もあり楽しく読めた。

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『鴨川食堂おまかせ』

『鴨川食堂おまかせ』
柏井 壽
小学館文庫、2017/1/6、¥616(有隣堂亀戸)

鴨川食堂シリーズ第4巻。フォーマット固定で、シチュエーションだけ変える方式が完全に定着。

司法試験合格まで家に帰らないと誓った息子が、自宅出立の朝母親に作ってもらった味噌汁。
若い料理人とのデートで、プロポーズかと思いきや4年待ってほしいと言われた女性がその時に食べさせてもらったおにぎり。
同窓会を期に不倫関係になった女性が作ってくれた生姜焼きを探してもらい、あわよくば復縁しようとする男性。
自分ではすっかり忘れていたが、痴呆症になった父親に自分がとても好きだったと聞かされ、死ぬ前に一度父親に食べさせようと祖母の作ってくれた冷やし中華を探す女性デザイナー。
一度も勝てなかった野球部の最後の試合の後、食堂で食べさせてもらった焼き鳥を探し、自分の商売に生かそうとする若い男性。
不倫のため親権を手放し、長年一人でいた看護師の女性が、たまたま吟行会旅行で入った喫茶店で食べたマカロニグラタンを見て、息子に違いないと経緯を暗に調べてもらいにきた女性。

本シリーズはあまりきわどい話は扱わない傾向があるように感じるが、本巻では不倫に絡む二編が含まれ、若干苦い思いを抱かせる話になっている。いずれにしろ面白くは読めた。


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『鴨川食堂いつもの』

『鴨川食堂いつもの』
柏井 壽
小学館文庫、2016/1/4、¥616(丸善日本橋)

東本願寺前の目立たない鴨川食堂シリーズ第三弾。もう完全にパターン化した展開で水戸黄門を見ているように読める。目立たない鴨川食堂にたどり着いた依頼人は、最初に依頼に至った思いを振り返りながら料理を食べ、こいしに話をする。流が「ようけ話をお聞きしたか」と聞き、「二週間後においでください」と結ぶ。二週間後に再度来店した依頼人は、流から料理を出され、それをまた思い出に浸りながら堪能し、流からどのように見つけたかを聞くうちに(それがどのようなものであれ)心を決めて新たな一歩を踏み出す。
このパターンが繰り返されるので、エピソードごとの状況は異なっていても、安心して読める。

能楽師の父の後を継がず、ダンサーになった男が、説得を諦めた父に最後に食べさせられた蕎麦。
反対を押し切って作家になれない男と夫婦になり、男を守るために人をはずみで殺した娘が、最後に結婚の説得に訪れた時に作ってくれたカレー。
初めての恋にピアニストとしての将来を捨てても良いと、自分の手を傷つけてしまった女が、その時に恋人に作ってもらっていた焼きそば。
二股をかけていた男が、振った女の両親に謝りに行った時に食べさせてもらった餃子。
勉強のできない同級生に教えに行っていたが、同級生が大学に合格し、自分は落ちたことで人生が狂ったと思っている。その男が同級生の母親に作ってもらっていたオムライス。
母子家庭で育った文学賞受賞間近の女性作家が、幼い頃貧しさから近所のコロッケ屋から盗んで食べていたコロッケ。

それぞれ趣のある話が並び、面白く読めた。

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